中和神社(真庭市蒜山下和)

中和神社。

真庭市蒜山下和、中和小学校の隣に鎮座。

式内社 久刀神社の論社。

小惑星探査機はやぶさが帰還の危機に陥った際、関係者が参拝したことで知られる神社。

境内

社頭

 

鳥居

 

狛犬

 

手水舎

境内と隣の学校のグラウンドが一体化しているので、境内にサッカーのゴールがあります(手水舎の写真右端に少し写っている)。

社殿

拝殿

 

扁額

 

本殿。明治4年の建築で、棟札が残っているそうです。

境内社等

牛馬の守護神として崇敬された故か、牛の像が祀られています。

 

八幡神社

 

稲荷神社

 

境内社前の狛犬(狼・おいぬ様)

 

牛の像

 

御門神社

 

御門神社前の狛犬

 

真庭市指定文化財天然記念物 中和神社のスギ

社殿左右に計5本。右の3本は根元部分が合体し、そのうち2本の合体部分の目通り周囲は6.43m。鉾杉と称されているそうです。

由緒

創建時期は不詳。

かつては植杉川の上流、蒜山下和一ノ茅地区に鎮座しており、何時の時代かに里宮として現在地に遷されました。『作陽誌』に「車戸神社在下和村此村氏神也、在一ノ茅岸頭近渉於下鍛冶屋云々」との記述あり。

旧鎮座地には現在、奥宮として久那止荒魂神社が祀られているとのこと。

位置はGoogleマップに一応登録されています(下掲)。参拝には地元の承認が必要だという情報も…宮司さんに確認すればよいのでしょうか。

 

 

延喜式神名帳の「美作国大庭郡 久刀神社」および、三代実録の貞観6年(864)8月15日己巳条に見える「美作国従五位下…久止神…授従五位上」を当社にあてる説があります。

古くは久刀神社、久那止神社、車戸大明神と称し、『神祇志料』では当社を美作国八の宮としています。

 

本殿中央に奉斎されている久那止神の内宝殿には宝暦10年(1760)3月備前国国府湊より久世まで水上にて内宝殿を運んだ由が墨書されています。

古くから「くるまどさん」の愛称で親しまれており、牛馬の守護神として崇敬され、今でも山陰方面からの講参りが続いているそうです。上掲の牛像もこれに関する物と思われます。

また魔除け、厄除け、道中安全の神としても信仰されています。

 

明治44年12月に別所村の加茂神社、吉田村の山王社、一の茅の熊野神社、真加子の国司神社等を合祀。

大正2年3月に村名から中和神社と改称。

 

近年では、小惑星探査機「はやぶさ」に纏わるエピソードで話題になりました。

はやぶさのイオンエンジン4台中3台が故障、残り1台も寿命間近という危機に陥った時、一台のイオンを噴射する部品ともう一台の電子を噴射する重要部品「中和(ちゅうわ)器」が無事なことに注目したはやぶさ担当チームは、遠隔操作で回路をつなぎ、2台で1台分の推力を発生させる作戦を考案。

そんな折に読み方こそ異なるものの「中和(ちゅうか)神社」の存在を知り、プロジェクトマネージャーの川口淳一郎氏が参拝。お札や玉串を管制室に祀ったそうです。

(※ネットに残る山陽新聞の記事のコピペを参照したので、上記の技術的な記述は不正確な面があるかもしれません)

その後はやぶさは無事に地球に帰還することができ、平成22年10月に関係者が神恩感謝のお参りをされたとのこと。

御朱印

御朱印はありません。

電話にて確認済み。

ただ、拝受したという情報を以前ネットで見かけたので(2019年現在は見当たらない)、以前は授与されていたのかもしれません。

アクセス

蒜山初和の国道313/482号合流地点を東へ。

3.5kmほど行って右折するとすぐに神社があります。

神社左の建物と忠魂碑の間から車で入れるので、境内左手の社務所(参集殿?)の脇あたりに駐車するのが良いと思います。

神社概要

社名中和神社(ちゅうかじんじゃ)
旧称

久刀神社

久那止神社

車戸大明神

通称くるまどさん
住所岡山県真庭市蒜山下和1946
祭神久那度神
配祀

大己貴命

少彦名命

合祀

天忍穂耳命

天穂日命

天津彦根命

活津彦根命

熊野久須比命

多紀理比売命

狭依比売命

多岐津比売命

天照大神

別雷命

大国主命

大山咋命

速玉男命

黄泉事解男命

八衢毘古命

八衢毘売命

大年神

品陀和気命

大山祇命

伊邪那美命

弥都波能売命

迦具土命

埴山姫命

金山彦命

瓊瓊杵尊

須佐男之命

味鉏高彦根命

菅原神

社格等

式内社 美作国大庭郡 久刀神社

日本三代実録 貞観六年八月十五日己巳 久止神 従五位上

美作国八宮

旧村社

御朱印なし
駐車場境内駐車可

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