小村神社(日高村下分)

小村神社。

日高村下分、JR土讃線の小村神社前駅そばに鎮座。

日本三代実録 貞観12年(870)3月5日丁巳条に見える小村神に比定される神社で、土佐国二宮とされる神社。

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境内

一の鳥居

 

扁額

 

社号標

 

狛犬

 

二の鳥居

 

扁額

 

参道

この参道は千本杉といわれ、かつては杉の巨木がたくさん並んでいたそうですが、昭和45年の台風で大きな被害を受け、今は割と新しい木が並んでいます。

 

三の鳥居

 

狛犬

 

手水舎

社殿

拝殿

この社殿の形式は出蜻蛉というもので、本殿を尾としてトンボが飛び立とうとする姿を模しています。

同形式の若宮八幡宮(高知市長浜)は長宗我部元親が初陣戦勝を祈願したことで知られていますが、当社にもそういった話はあるのでしょうか。

 

扁額

 

本殿

境内社等

剱神社

 

剱神社

御祭神 曽我五郎・十郎

由緒

曽我五郎縁の霊験あらたかなる太刀を里人によってまつり上げ神体となす。

当社に伝わる「瀬登りの太刀」の伝説は有名だそうです。以下、『日本の神々』から引用。

日本の神々 神社と聖地 第二巻

曽我十郎祐成と五郎時宗の兄弟は仇敵工藤祐経を討つべく、その祈願に箱根権現を訪れた。意中を知った権現別当某は、権現の宝刀二振りをひそかに授けたが、源頼朝に呼びつけられそうになったため、時宗が形見として残していった太刀を持って箱根山を忍び出て土佐に逃れた。日下庄の生まれであった別当は、小村神社に近い江尻という所で休んでいるとき、にわかに病を得て、日数を経ぬまま死んだ。死に臨んで、この太刀は五郎時宗の太刀だから宮寺に祀り納めてくれと宿主に頼むが、宿主は遺言に違えて売り払おうと川端にさしかかると、鞘から抜けでた太刀は水中に入ったかと思うや大蛇になり、瀬を登っていった。それより大蛇は村人を惑わすこと多く、祠を建立して鞘を祀ったところ、いつの間にか太刀は鞘に納まっていたという。

同書によればこの太刀の行方は定かではない、とのことですが、どうも高知市の龍乗寺にあるようです。

 

秋葉神社

 

秋葉神社

御祭神 (読めず、大己貴命らしい)

ご利益 

病気平癒他

尚、主な祭神の他、伝承によると秋葉神社より御分霊を戴きて合祀。防火の神として氏子は崇拝している。

 

仁井田神社

 

仁井田神社

山祇神・他五柱

出世の神・商売繁昌・五穀豊穣・福徳円満

交通安全・山林農産・大漁の守護等

 

 

尚徳館

 

社頭の石。なんでしょうか。

 

燈明杉(牡丹杉)

 

燈明杉

1.樹齢 1,000年(伝承)

2.胸高直径 270cm

3.樹高 25.0m

この杉は、下部枝では杉葉であるが、中程より上部はボタンスギ型の葉を持つ、稀れに見る珍しい杉である。伝説によると、宝永2年7月の仁淀川大氾濫の夜、また安政元年大地震の前夜にも、さらに日露役の時等、何等かの異変のある時には、この大樹の梢に大きな霊火が爛々と灯ったと、言い伝えられている。

里人は、この大樹を神木として崇拝して来ており、燈明杉とも言われる所以である。

 

土佐二宮小村神社御宝物

国宝金銅荘環頭大刀(有形)古墳末期大和時代
国重要文化財木造菩薩面二面(有形)平安時代
村文化財銅矛 (有形)弥生時代
 壺(仝)平安時代
 神宝(小野道風書)(仝)仝
 仁治元年の棟札(仝)仝
 木造菩薩面(仝)鎌倉時代
 後奈良院晨筆和歌短册(仝)室町時代
 蓬莱鏡(仝)仝
 三十六歌仙(仝)仝
 小村神社と牡丹杉(仝)天然記念物
 小村神社当家ナバレ(無形)

 

国宝「金銅荘環頭大刀拵大刀身」の写真

実物は11月15日の秋季大祭時に公開。レプリカが村の駅ひだか(当社前から国道を西へ4kmほどの場所)に展示されています。

 

境内図

由緒

小村神社

土佐二ノ宮として有名な小村神社は、今から1400年以上の昔、用明天皇2(587)年に創建されました。御祭神は国常立命で国宝の「金銅荘環頭大刀拵大刀身」がご神体として祭られ、他に国の重要文化財の「木造菩薩面」など多数の文化財が所蔵されており、毎年11月15日の秋の大祭で一般公開されます。

 

大祭日謹告

祈年祭三月七日
夏季大祭七月二十日
秋季大祭十一月十五日
新嘗祭十二月十四日

神社宝物拝観は年一度十一月十五日だけとします(午前十時より午后三時まで)

 

小村神社と牡丹杉(村文化財指定昭和三十六年)

人皇三十一代用命帝の二年、高岡の首(郡長のこと)と日下氏(当時kの付近を支配していた人)が、先祖の国常立命を祭って創建し御霊に環頭の大刀を奉納したと伝えられる国史現在社で、元国の安上官幣の御社であった。往古は土佐二の宮で、二の宮天神と称し日下の総鎮守である。祭神は国常立命で御神体は大刀である。御神体の環頭大刀は国宝に、木造の菩薩面二点は重要文化財にいずれも一九五七年指定された。その他の社宝に南北朝時代の銅鏡二面、三十六歌仙額、小野道風の書等がある。

社殿の背後に樹令一千年の「燈明杉」又は「牡丹杉」と称する老杉がウッ蒼と天を摩し壮厳さを感じさせている。この杉の大木は下枝は杉葉であるが中程より上は檜かハクの葉様で稀れに見る珍種である。伝説によると宝永二年七月仁淀川大氾濫の夜、また安政元年の大地震の前晩、日露役の時など何か異変ある時には杉の梢に大きな霊火が爛々と懸ったとのことで、里人は神木として崇拝して来たものである。

社伝によれば創建は用明天皇2年(587)。

 

元は伊予国御三戸(愛媛県上浮穴郡久万高原町の御三戸嶽の辺り)に鎮座し、洪水で越知町宮地に流され、後に再度の洪水で現在地に流されたという伝承もあるようです。

関係があるかはわかりませんが、久万高原町上黒岩にある御三戸神社(場所)は祭神が当社と同じ国常立命。

越知町宮地には現在も小村神社(場所)が鎮座しています。

越知町史に小市国造乎知命との関連を示唆する記述があるようですが、未確認。

 

また『土佐幽考』に「姓氏録日下部神饒速日命孫比古由支命之後也又云高岳首同神十五世孫物部鹿火連之後也蓋日下部与高岳首同祖在同郡而斎祖神者乎」とあり、日下部・高岳首の共通の祖神として祀られたという見方もあります。

 

三代実録 貞観12年(870)3月5日丁巳条にみえる「土左国…従五位下小村神従五位上」は当社に比定されています。

 

仁治元年(1240)、貞和3年(1347)の棟札に、当初造替には国司があたっていたのが、次第に地頭が行なうに至ったこと、仁淀川中上流の吾河山・別府山・横川山から用材が拠出されていたことが記されているようです。

貞和3年の方の棟札には、「正一位二宮小村大天神」とあり、この頃には二宮とされていたとみられます。

貞和以降は蓮池城主大平氏の庇護を受け、文亀3年(1503)に三十六歌仙図の奉納があったといいます。

 

江戸時代になり、山内氏が入国すると当社の神田は没収され、慶長6年(1601)の知行割によって与えられたのは神田2反と神宮寺への2反というわずかなものだったことが『南路志』にみえます。

 

明治元年、県社に列格。

しかしその後なぜか郷社になり、大正13年県社に再昇格。

御朱印

御朱印はあります。

宮司さんは常駐されていないようで、近所の人に伺ったところ休日(土日どちらかだけかも)の午前中のみいらっしゃるそうです。万全を期すなら事前連絡がよろしいかと。

アクセス

高知市から国道33号を西へ。

途中から高知西バイパスに乗り、鎌田ICを出たら再び国道33号に合流。

合流して2kmほど西へいくと日高村下分小村交差点があり、そこが社頭。

一の鳥居と二の鳥居の間が駐車場。

神社概要

社名小村神社(おむらじんじゃ)
旧称

小村大天神

二の宮天神

住所高知県高岡郡日高村下分1794
祭神国常立命
社格等

日本三代実録 貞観十二年三月五日丁巳 小村神 従五位上

土佐国二宮

御朱印あり
駐車場あり

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