野間神社(今治市神宮)

野間神社。

今治ICの西1.5kmほど、神宮に鎮座。

式内名神大社 野間神社に比定される神社。

参道

鳥居

 

鳥居手前の手書きっぽい看板

 

看板後ろに社号標

 

神門

 

神門の中には神直日神・豊磐間戸神・櫛磐間戸神・大直日神の神像が鎮座。

 

神門の先。階段上に社殿

 

階段上の狛犬。ちょっと珍しい造型。

社殿

拝殿

 

本殿

 

社殿全景

重要文化財「野間神社宝篋印塔」

本殿後方に重文の宝篋印塔

案内板

神宮野間神社・宝篋印塔

以前は下方の谷間にあったものを、現在の神社石手裏に安置したものと伝えられる。

鎌倉期の作であるが、九輪や宝珠は江戸時代の後補であるが、全体としては、大変重厚な安定感を与えている。特に塔身の梵字は、金剛界四仏を鋭く薬研堀りしてあり、総高280cm余りである。

この他に、平安時代後期作とされる十一面の和鏡も当社で所蔵しており、こちらは県指定有形文化財となっています。

境内社

猿田彦大神社。鳥居脇に鎮座。

 

厳島神社。参道途中に鎮座。

 

宝篋印塔の隣に九社権現十二社権現。愛媛県神道青年会のサイトによれば「御祭神不詳、以前は瓦のヤブ神であったが平成17年の式年祭にあたり現在の地に移転新築す」とのこと。

由緒

創建は不詳。

社記の断簡によれば、社殿創設は大宝元年(701)。

天平神護2年(766)従五位下を授けられ、神戸二烟を与えられます。(続日本紀)

続いて貞観3年(861)に従五位上から従四位下、同八年(865)には従四位上から正四位下、同12年(869)には正四位下から正四位上、元慶5年(881)には正四位上から従三位へと昇階を重ねます。(三代実録)

天慶3年(940)には「去承平五年依海賊事被祈申十三社故也」と、藤原純友の乱にかかる海賊平定の祈願もあり正二位に叙せられます。(長寛勘文)

承和4年(837)には大山積神とともに南海道初の名神ともなっています。

建長7年(1255)の「伊予国神社仏閣等免田注記」には、封戸田十四町三反百八十歩、講経供料田として金剛般若田三町二反を有するなど、繁栄を誇ったことが伺えます。

また伊予神名帳には「正一位 濃満天皇神」の記述も。

江戸時代には松山藩の雨乞いの祈願所とされました。

社領は中世と比較するとかなり減少していた模様。

明治に入って旧来の「野間神社」へ社号を戻し、明治4年に郷社、同28年に県社に列格。

「式内社の研究」によれば大昔(延喜式成立以前の上代)には五町西方の川上の「上」という十五戸程の村にあったそうです。

社名

三代実録には「野間天皇神」、伊予国神名帳には「濃満天皇神」、伊予国神社仏閣等免田注記には「乃萬宮」と記され、その他資料に「乃萬神社」「濃萬神社」などの表記も見えます。

大化以前は怒麻国であった地に鎮座しているため、社名はそこに由来するのかもしれません。

宝暦10年(1760)の「松山領神社帳」には「牛頭天王宮」とあり、その当時は牛頭天王を祭神としていたようです。「てんのんさん」の俗称があるそうですが、今でもそう呼ばれているかは不明。

他に「乃萬社大梵天王宮」の記録も。

祭神

祭神は現在、飽速玉命・若弥尾命・須佐之男命・野間姫命とされています。

飽速玉命は初代阿岐(安芸)国造。

若弥尾命はその三世孫で、野間姫命は若弥尾命の后神。

飽速玉命を主神として、若弥尾命と野間姫命を配神とする説もあるようです。

須佐之男命は中世〜近世にかけて牛頭天王が祭神とされていた時期があったからかとも思えますが、後述のように須佐之男命にまつわる伝承も残っているので、何とも言えません。

「式内社の研究」によれば当社後ろに若弥尾命の古墳があるとのことですが、未確認。

奥の院「石神さん」

当社の後方500mほどの山中に「石神さん」と呼ばれる巨岩があり、当社の奥の院とされているそうです。

「豫陽郡郷俚諺集」には「社の奥に大なる岩あり、彼の御神の御足跡、駒の足跡として誠に舊地と見えたり」とあります。

伝承によれば、須佐之男命が紀伊から航海してきた時に乗ってきた楠の船が長い年月の間に化石になったもの。かつては、須佐之男命の足跡と、乗ってきた牛のえさおけが残っていたのだとか。

地元の伝承では牛、豫陽郡郷俚諺集では馬(駒)と微妙に差異があります。

ちなみに触るとお腹が痛くなるそうです。

 

参拝時には失念しており未訪。

御朱印

御朱印はあります。

参道途中にある宮司さん宅にて拝受可。

アクセス

県道から少し脇道を入ったところにあります。それほど奥まったところではないですが、道が入り組んでいてわかりづらいかも。

県道からここで脇道に入り、最初の分岐を左へ。そのまま道なりに進めば着きます。他にも道はありますが、この道が一番通りやすいと思います。(どの道も狭いです)

駐車場は特にありませんが、楼門の手前が広いスペースになっているのでその辺りに停めるのがよいと思います。

神社概要

社名野間神社(のまじんじゃ)
旧称

野間天皇神

濃満天皇神

乃萬宮

乃萬神社

濃萬神社

牛頭天王宮

乃萬社大梵天王宮

通称てんのんさん
住所愛媛県今治市古谷乙47
祭神

飽速玉命

若弥尾命

須佐之男命

野間姫命

配祀

大国主命

大山積命

社格等

式内社 伊予国野間郡 野間神社(名神大)

続日本紀 天平神護二年四月甲辰(十九) 野間神 従五位下

続日本後紀 承和四年八月戊戌(七) 野間神 名神

日本三代実録 貞観三年五月廿一日甲午 野間神 従四位下

日本三代実録 貞観八年閏三月七日壬子 野間天皇神 正四位下

日本三代実録 貞観十二年八月廿八日戊申 野間神 正四位上

日本三代実録 元慶五年十二月廿八日壬寅 野間天皇神 従三位

旧県社

御朱印あり
駐車場あり

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