伊豫豆比古命神社(松山市居相)

伊豫豆比古命神社。

松山市居相に鎮座。

式内社 伊豫豆比古命神社の論社で、椿神社の通称で呼ばれる神社。

境内

大鳥居。境内から400mほど東にあります。

 

鳥居

 

御旅所。鳥居手前左手。

 

古楠。愛称を「お紅さん」という牝狸がこの楠に住むという伝承があるそうです。

 

楼門

 

楼門の扁額

 

裏参道側の手水舎

 

境内

 

社殿前から楼門の方を臨む

社殿

拝殿。拝殿周囲には二重の回廊があります。外回廊はいつでも通れますが、内回廊は土日祝日しか入れないのだそうです。(神社の祭事の時も入れるかも)

内回廊では本殿や潮鳴の石を見ることができます。外回廊からでは壁の隙間から覗くしかできないので、当社への参拝は休日をお勧めします。境内の写真撮るなら平日の方がいいんですけどね…人が少ないから。

 

平日だったので内回廊は閉鎖されています

 

外回廊

 

隙間から内回廊を覗く。本殿が垣間見えます。

境内社

児守神社。平成24年改築らしく、きれいです。

 

説明

木造狛犬一対

松山市指定有形文化財 彫刻

昭和五二年三月二五日 指定

狛犬は、宮中や神社に置かれた守護獣の像で、普通の獅子と一角をもつ獅子との姿に作られ、阿吽を表すのが一般的である。獅子形だけの一対もあり、この狛犬はそれである。もとは木造のもので神社の神殿内に置かれていたが、のちに石造りとなって参道の両脇に配されるようになった。この神社の狛犬は、木造で、獅子型だけの一対である。様式化されていて、作行は、雄渾精緻である。銘文を欠き塗料等も剥落しているが、室町時代末期のものと考えられ、松山市内では他に類例を見ないものである。

口をあけた「阿犬」が六四cm、口を閉じた「吽犬」が六七cmの高さである。

勝軍八幡神社

 

御倉神社

 

奏者社。この奏者社の後方にあるのが舟山。

伝承によれば、伊豫豆比古命・伊豫豆比売命が舟山に御船を寄せた際に、奏者社祭神の潮鳴栲綱翁神が纜を繋いでお迎えしたといいます。

由緒

創建時期は不詳ですが、社伝によれば大化元年(645)に社殿を造営したといいます。

当社鎮座地は久米郡に属しますが、延喜式神名帳では伊豫郡に含められています。

これは誤記とも、久米郡が伊豫郡から分かれる以前の名残ともされます。

この表記に基づき、「続日本紀」天平神護2年4月甲辰条『伊予国神野郡伊曽乃神。越智郡大山積神並授二従四位下一。充二神戸一各五烟。久米郡伊予神。野間郡野間神並授二従五位下一。神戸各二烟』の久米郡伊予神を当社のこととし、当社を式内 伊豫神社、松前町の伊豫神社を式内 伊豫豆比古命神社とする説もあります。

明確な移転の記録はありませんが、元は久米郡梅本村小野谷に鎮座しており、洪水で流され当地に奉斎されたという流れ宮の伝承があります。

祭神

祭神伊豫豆比古命は伊豫の主宰神で、伊予豆比売命はその妻神。

伊与主命は「先代旧事本紀」巻十の「国造本紀」に応神天皇の御代初代久味国造に就任したとあります。その名は「湯の大人(うし)」からきているという説も。

伊豫豆比古命と伊与主命については、同神とする説と、伊豫豆比古命を祖神・伊与主命をその後継者と考える説とがあります。

愛比売命は愛媛県の名の由来ともなった女神。

椿神社

当社の通称、椿神社の由来ですが、舟山の伝承にもあるようにかつて当社周辺は海であり、「津の脇の神社」=「つわき神社」から「つばき神社」へ転訛したとする説があります。

また、現在も境内に自生する椿から椿神社と呼ばれるようになったとも言われます。

御朱印

御朱印はあります。

社殿右側の授与所で拝受可。

 

境内にいた猫

アクセス

県道190号沿いに鎮座しています。

境内入口の鳥居右手か、社殿南側に駐車場があります。

社殿南の駐車場はこのあたり。

神社概要

社名伊豫豆比古命神社(いよずひこのみことじんじゃ)
通称椿神社
住所愛媛県松山市居相2-2-1
祭神

伊豫豆比古命

伊豫豆比売命

伊与主命

愛比売命

社格等

式内社 伊予国伊予郡 伊予豆比古神社

式内社 伊予国伊予郡 伊予神社(名神大)

続日本紀 天平神護二年四月甲辰(十九) 伊予神 従五位下 

旧県社

別表神社

御朱印あり
駐車場あり
公式Webサイトhttp://www.tubaki.or.jp/

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