宇志比古神社(鳴門市大麻町大谷山田)

宇志比古神社。

鳴門市大麻町大谷山田に鎮座。

式内社 宇志比古神社の論社。

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境内

社号標

 

注連柱と鳥居

ここから神門まで300mくらい。

 

鳥居奥に狛犬

 

参道を進み神門手前の狛犬

吽形の奥に手水舎。ちなみに阿形の右斜め(池の手前)に宮司さんのお宅があります。

 

神門

 

石段

 

拝殿手前の手水鉢

社殿

拝殿

中にはおみくじ等々あります。書置きの御朱印もあり。

 

本殿

国指定重要文化財。三間社流造、銅板葺。徳島県下の神社建築本殿として最古例らしく、1599年建立と考えられているそうです。

由緒

創建時期は不詳。

この一帯、堀江庄は石清水八幡宮の荘園だったため、その中心地である現社地に別宮として八幡宮が勧請されたと考えられるようです。

 

延喜式神名帳の「阿波国板野郡 宇志比古神社」に当社をあてる説があります。

 

天正年間(1573~92)に長曽我部元親の乱入により社殿、古記録、社宝を焼失し、その後再興。

 

神職の伝えによれば、当社は明治3年まで八幡神社と称していましたが、同年9月3日突如として民政局より「大谷八幡神社は向後宇志比古神社として奉祀候事」との御奉書を賜り現社名に改称したとのこと。

『明治神社誌料』によれば、「当社もと惣ヵ淵と字する所に在りて、八坂神社と称せり。其地は凹地なるを以って明治十年十二月現地に遷し祀るといへり」とあります。

元より八幡宮に宇志比古神が合祀されており、明治に主神が宇志比古神に変わったのか、あるいは惣ヵ淵にあった八坂神社が宇志比古神社に比定され、明治10年に八幡宮に合祀の上社名を宇志比古神社としたのか。

また、『明治神社誌料』は明治11年郷社列格としますが、『徳島県神社誌』は明治5年郷社列格とします。

 

神職の伝え及び『徳島県神社誌』と、『明治神社誌料』の内容が矛盾しており、明治期当社がどのような経緯で宇志比古神社となったのかが不明です。『明治神社誌料』に誤りがあるように思えるのですが…(惣ヶ渕の字名は現存し、そのやや西に八坂神社があるため、混同したように思える)

御朱印

御朱印はあります。

先述の通り、狛犬の手前、東林院の道路挟んで向かいに宮司さん宅があり、そちらで拝受可。

宮司さんはかなり高齢の女性の方でしたが、毎日社殿まで階段をのぼりお勤めされてるとのこと。

ご対応いただいたのはご家族の方。お仕事の関係で不在のことも多く、アポなしで御朱印を書いていただけたのは運がよかったようです。

なおご不在の場合でも、先述の通り拝殿に書置きが用意されています。

アクセス

阿波大谷駅の西300mほど、県道12号沿いに参道入り口があります。

 

ここ。特に駐車場の案内はありません。神門脇のスペースか、すぐ手前にある東林院の駐車場を使わせていただくのがよいかと。

県道12号沿いの鳥居の脇、堀江郵便局の向かいにも駐車場的なスペースがあるのですが当社の駐車場かは不明。

神社概要

社名宇志比古神社(うしひこじんじゃ)
旧称八幡神社
住所徳島県鳴門市大麻町大谷字山田66
祭神

宇志比古尊

応神天皇

仁徳天皇

神功皇后

社格等

式内社 阿波国板野郡 宇志比古神社

旧郷社

御朱印あり(神社手前宮司宅で拝受可、不在の場合拝殿に書置きあり)
駐車場不明(駐車可能なスペースはあり)
備考本殿は重要文化財

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