櫛梨神社(琴平町下櫛梨)

櫛梨神社。

善通寺駅の東南約2kmほどの場所に鎮座。

式内社 櫛梨神社に比定される神社。

境内

鳥居

 

狛犬

 

階段上に随神門

 

随神門の先の狛犬

 

合社記念の石。明治43年に多数の社を合祀したそうなので、その記念碑かと思われます。

 

参道から象頭山、大麻山方面

社殿

注連柱と拝殿

 

拝殿

 

扁額

 

本殿

由緒

創建時期は不詳。

社伝によれば、景行天皇23年(93)に天皇の命を受けた神櫛皇子が悪魚を討つために土佐から讃岐へきた時、雲と雨により何も見えなくなります。皇子は小山に登って天に火を乞うと火が降りてきたので、そこは火乞山と呼ばれます。そして櫛梨山の麓に船を泊め、火乞山に祓戸神(船磐大明神)を祀ります。

また、地神を祀ろうとした際に翁(大麻神だとされます)に教えられた大麻神と大歳神、更に山下明神、諏訪明神を祀ります。そして軍神武甕槌神・経津主神(赤坂大明神)を祀ります。

皇子は悪魚征討平定後に城山に城を築き国造に任ぜられます。

仲哀天皇8年(199)に120才で薨去、遺命により櫛梨山に葬られ、皇宮大明神として奉斎された廟が当社の始まりとされます。

更に社伝では、神櫛皇子の追号を讃留霊公としています。讃留霊公(讃留霊王・さるれお)とは大魚退治伝説で有名な人物で、神櫛皇子の他、武卵王のこととする説もあります。

また、神櫛の櫛は許登那具志の具志と同じく酒の意で、櫛梨=酒成の意という、とも。

往時の境内は広大で、現在の境内南方に宮内という地名があり、そこまでが境内だったといいます。また、古門という地名は神門の跡だといい、上櫛梨の鳥居堂という所は一の鳥居跡と伝わります。

永万元年(1165)の神祇官諸社年貢注文(永万文書)に「讃岐国 櫛無社」、観応3年(1352)の誕生院宥範譲状(善通寺文書)で宥源に譲られた諸権利に「櫛無社地頭職」とみえます。

天正7年(1579)長宗我部元親と長尾大隅守の戦によって社殿・旧記・宝物等を焼失。

元和3年(1617)国守生駒氏社殿造営、寛文5年(1665)氏子等により修築。

明治3年随神門、同23年本殿、同44年幣殿をそれぞれ改築。

明治5年郷社列格。

かつては後方の山上(如意山の西の峰。櫛梨山?)に鎮座していたが、火災にあい現地に遷座した、という伝えがあります。

また、かつての御旅所は南方150町の塩入村八町谷七曲にあったといわれ、その間には107基の鳥居があったそうです。仮にまんのう町塩入だとすれば南東12km以上の渡御がされていたことになります。

今の御旅所は神社の南方5丁とのこと。

参道を南に400mほど行くとそれらしき場所があります。

また、民家の庭先ですがここに船磐があります。社伝の船磐大明神はこれでしょうか。

御朱印

御朱印はあります。

大麻神社の兼務社のため、大麻神社の宮司さん宅にて拝受可。

 

アクセス

県道206号から300m程東へ入ったところにあります。

鳥居脇のここが少し広くなっており、しかも行き止まりなのでここに駐車。

なお参道をずっと南に行ったこのあたりに社号標があります。

神社概要

社名櫛梨神社(くしなしじんじゃ)
旧称

皇宮大明神

大宮

住所香川県仲多度郡琴平町下櫛梨280
祭神

神櫛王命

合祀の七十余柱の神

天児屋根命(三代物語)

社格等

式内社 讃岐国那珂郡 櫛梨神社

旧郷社

御朱印あり(大麻神社にて拝受可)
駐車場階段下に駐車スペースあり

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