八幡神社〔古見八幡神社〕(真庭市古見)

八幡神社。

真庭市古見に鎮座し、通称は地名から古見八幡神社。

延喜の頃に男山(石清水)八幡宮から勧請されたという神社。

大正時代に当社に合祀された田中神社は式内社 佐波良神社の論社。

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境内

社頭

 

鳥居

 

扁額

 

社号標

 

狛犬

 

参道

 

手水舎

 

手水鉢

社殿

拝殿

 

扁額

 

本殿

以前の社殿は安永3(1774)年建立だったそうですが、昭和14年1月に火災により焼失し、同年に再建されたのが現本殿。

境内社等

稲荷神社

 

新八幡神社

 

境内社?

 

おそらく神輿庫

由緒

創建は社伝(?)によれば延喜5年(905)。

山城の男山八幡宮(現在の石清水八幡宮)からの勧請とされます。

『作陽誌』に「神噐頗る備わり門神あり」と見えます。

 

旧社格は村社。

 

明治~大正期に古見地区の神社を多数合祀しているのですが、岡山県神社庁と同真庭支部の当社ページでは時期や合祀した神社に差異が見られます(合祀社の差異については字名と社名がほぼ結びつくので実際は概ね一致していると思われる)。

岡山県神社庁のページでは合祀は大正元年9月。合祀した神社は全て無格社で、住吉神社、一対神社、山玉神社、天満神社、森神社、湯天神社、上野神社、行平神社と金崎、堂の段、行平、大京等の各荒神社(田中神社がないのは元より摂社扱いのため)。

真庭支部のページでは合祀は明治42年と大正元年。明治42年に合祀の神社は字住吉の大己貴神社、字一対に倭姫神社、字金崎の大山祇神社、字湯上の森神社、字大蔵の湯矢神社、字上野の上野神社、字行平の大己貴神社、字田口、小林、河本、矢ヶ市、上野、戸坂、堂の段、行平、大京、金崎の各荒神社。大正元年に合祀の神社は字大明神の田中神社。

田中神社(佐波良神社論社)

大正元年に当社に合祀された田中神社は、三代実録 貞観6年(864)8月15日己巳条に見える「美作国従五位下…佐原神…授従五位上」の佐原神、並びに延喜式神名帳にみえる「美作国大庭郡 佐波良神社」の論社とされています。

 

岡山県神社庁の当社ページには「作陽誌には大宮神社で御祭神は武内宿禰で高良玉垂命と記されている。これは、元佐原庄が転訛した田原庄総氏神で美作式内11社の内の佐原神社であると美作112社記に記されている。」とあります。

確かに『作陽誌』の大庭郡神社部の田原庄の項に大宮神社の名は見えますが、祭神の記載などはありませんでした(参照したのは『新訂作陽誌3 西作誌 下巻』)。

『美作国一百十二社記』は未確認。

 

『落合町史』によると大宮神社から田中神社への改称は明治元年。祭神は高良玉垂命。

かつて字大明神の地に鎮座していたといいますが、場所は不明。

御朱印

御朱印の有無は不明。

でもありそうな気はします(あくまで勘ですが)。

私の参拝時は無人でした。

アクセス

中国自動車道の落合ICを降り、倉吉・米子方面(左手)へ。

2.6kmほど先の交差点(位置)を右折し旭川を渡り、1.3km先(位置)で左折。

そのまま直進で神社前へ。参道右手に駐車場あり。

神社概要

社名 八幡神社〔古見八幡神社〕(こみはちまんじんじゃ)
通称 –
旧称 –
住所 岡山県真庭市古見1397
祭神 譽田別尊
合祀

譽田別尊

大山祇命

素盞嗚尊

倭姫命

大國主命

武内宿禰

大巳貴命

菅原神

少彦名神

社格等

式内社 美作国大庭郡 佐波良神社(合祀の田中神社)

日本三代実録 貞観六年八月十五日己巳 佐原神 従五位上(合祀の田中神社)

旧村社

札所等 –
御朱印 不明
御朱印帳 –
駐車場 あり
公式Webサイト –
備考 –

参考文献

  • 「古見村」, 『日本歴史地名大系』(データベース「JapanKnowledge」)
  • 「八幡神社」, 神社本庁教学研究所研究室編『平成「祭」データ(CD-ROM)』全国神社祭祀祭礼総合調査本庁委員会, 1995
  • 岡山県神社庁編『岡山県神社誌』岡山県神社庁, 1981
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