医家神社(三好市池田町マチ)

医家神社。

三好市池田町マチ、阿波池田駅の東に鎮座。

式内社 倭大国玉神大国敷神社二座の論社。

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境内

社頭

 

鳥居

 

鳥居脇のご神木らしき木

 

狛犬

 

手水舎

社殿

拝殿

 

本殿

 

本殿の扉脇に狛犬

 

境内社 5社

『式内社調査報告』は境内社として新田神社、和霊神社、菅原神社、愛宕神社を挙げていますが、そうすると1社が不明ということになります。

 

社日塔

由緒

創建時期は不詳。

享保・寛政両期に火災に遭い、社伝・記録等を全て消失しているため、由緒不詳。

 

延喜式神名帳にみえる「阿波国美馬郡 倭大国玉神大国敷神社 二座」に比定されていますが、その根拠は不明。

現在、祭神は大国主神と少彦名神とされていますが、当社が倭大国玉神大国敷神社であるならば本来は倭大国玉神と大国敷神が祭神だったのでしょうか。

 

社名の読みは『式内社調査報告』には「医家は『イケ』と訓み、祭神が薬神であるためこのように称されたといふ」とあります。

また阿府志は医家は池のことであり、池田町の名の起こりとの説を挙げています。

『平成祭データ』では「いげ」とされています。

 

『徳島県神社誌』によれば、池田町シンヤマの磐坂神社(池田町シンヤマ3959)に以下の口伝があるそうです。

「往古には磐坂大権現と称した。磐坂日子神を奉りし故に名付奉りし御名なりと。後、祭神山を下り給う。此の宮今の医家神社なりという」

これによれば磐坂神社が当社の旧社地にあたることになります。

 

御朱印

御朱印はありません。

余談

神社とは関係ありませんが、池田町の阿波池田駅周辺はマチ、シンマチ、シマ、シンヤマ等カタカナの地名ばかりです。ハヤシ、サラダ、クヤウジなんてのも…

ネットで調べると、明治の頃にカタカナは洒落ている、先進的との理由で地名をカタカナ表記にした、という話を見かけましたが真偽は不明。ハヤシ、サラダは林、更田なんでしょうが食べ物を想像してしまいますね。

また当社から徒歩5分ほどのところに三芳菊酒造(日本酒の酒造)があります。個人的にここのお酒は一番美味しい日本酒だと思っています。

アクセス

徳島自動車道の井川池田ICを降りる、あるいは国道32号や192号で井川池田IC入口交差点(位置)まで行き、そこから国道192号を西へ。

500m先の分岐を左に入り、県道5号へ。1km先、赤い庇のたばこ屋さんの角(位置)を右折すると神社前。

境内に駐車可能。境内西側(おおよその位置)から入れます。

神社概要

社名医家神社(いけじんじゃ)
通称
旧称

医家大明神

池神

住所徳島県三好市池田町マチ2286
祭神

大国主神

少彦名神

社格等

式内社 阿波国美馬郡 倭大国玉神大国敷神社二座

旧郷社

札所等
御朱印なし
御朱印帳
駐車場境内に駐車スペースあり
公式Webサイト
備考磐坂神社が旧社地?

参考文献

  • 「医家神社」, 『日本歴史地名大系』(データベース「JapanKnowledge」)
  • 「医家神社」, 神社本庁教学研究所研究室編『平成「祭」データ(CD-ROM)』全国神社祭祀祭礼総合調査本庁委員会, 1995
  • 式内社研究会編『式内社調査報告 第二十三巻 南海道』皇學館大学出版部, 1987
  • 谷川健一編『日本の神々 神社と聖地 第二巻 山陽・四国』白水社, 1984
  • 徳島県神社庁教化委員会編『改訂 徳島県神社誌』徳島県神社庁, 2019
  • 明治神社誌料編纂所編『府県郷社明治神社誌料 下巻』明治神社誌料編纂所, 1912(国会図書館デジタルコレクション 262-263コマ