比治山神社(広島市南区比治山町)

比治山神社。

広島市南区にある比治山の北側に鎮座。

かつては黄幡大明神と称しており、現在は神社本庁の別表神社に指定されている神社。

境内

社頭

 

社号標

 

鳥居

 

狛犬

 

手水舎

 

狛犬

 

二の鳥居

 

ライオン。なぜにライオン?東京の三囲神社のように由緒があればわかるのですが、特にそういった案内もなく…

社殿

拝殿

 

本殿

境内社

稲荷神社

由緒

由緒板

由緒

一.神社名 別表神社比治山神社

一.鎮座地 広島市南区比治山町5番10号

一.由緒

もと黄幡(おうばん)大明神と称し、比治山南の谷(俗称-黄幡谷)に鎮座されていましたが、正保3年3月(西暦1646年)現在の社地に移して鎮守社となり、藩政時代には稲荷町3組、東柳町、下段原村、竹屋町南裏、平塚、竹屋村などの産土神として祀られ、当時の藩府より毎年正月門松添木、9月祭礼湯立の薪木を寄付されるなど崇められていました。

明治元年、神仏分離令の際社名をあらためて比治山神社と称し、明治4年拝殿を再建、明治5年村社に列せられ、明治40年神饌幣帛料供進社に指定されました。

昭和20年原爆により本・拝殿焼失、昭和29年本・拝殿建立、昭和34年神社本庁より別表神社に列せられました。

一.祭神

大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)

『縁結び、商売繁昌、家内安全』

少名毘古大神(すくなひこなのおおかみ)

『病気平癒、医薬、針供養』

建速須佐之男大神(たけはやすさのおのおおかみ)

『厄除、農業守護』

市寸島比売大神(いちきしまひめのおおかみ)

『交通安全、海路安全、漁業守護』

車折大明神(くるまざきだいみょうじん)

『学業』

一.祭礼

節分祭 立春の前日

祈年祭 2月17日

夏越祭(輪くぐり祭) 6月30日

秋季例大祭 10月28日・29日(平日の場合第4土・日曜)

新嘗祭 11月23日

七五三祭 11月

一.神紋 亀甲の中星

一.本殿 三間社流造

一.境内神社 稲荷大明神(いなりだいみょうじん)『五穀豊穣、商売繁昌』

創建時期は不詳。

かつては比治山南の黄幡谷に鎮座し、黄幡大明神と称していました。

正保3年(1646)に真言宗勝楽寺の境内(現社地)に遷座、鎮守社とされました。

(ただしWikipediaやそれを引用した多数のサイトでは正保の遷座の後、寛文年間に現社地に遷座とあります。由緒書や平成祭データ、神社名鑑等では正保3年の時点で現在地に遷座したとあり、その後の遷座については記載されていません。また、Wikipediaの当該記事には出典が明記されていないため、どの資料による情報かが不明。引用しているサイトでも出典に言及しているものは見た限りありませんでした。

勝楽寺が具体的にどこにあったのか調べがついていないので何とも言えませんが、辻褄を合わせるとすれば勝楽寺は現在の比治山神社周辺に広い土地を持っていて、黄幡大明神は正保3年そのどこかに遷座され、寛文年間に境内地の中で再遷座、といったところでしょうか。寛文年間の遷座が真実であればですが)

明治の神仏分離の際、社名を比治山神社と改め、勝楽寺は廃寺となりました。

明治5年(1872)村社列格。

明治42年(1909)に皆実町の堅磐神社と出雲神社を合祀。

昭和20年(1945)原爆により本殿、拝殿等を焼失。

昭和29年(1954)本・拝殿再建。

昭和34年(1959)神社本庁の別表神社に指定。

なお相殿の車折大明神は、文政3年(1820)に京都嵯峨より勧請。

かつては別個の社殿があったそうですが、明治に大破したため相殿となったとのこと。

御朱印

御朱印はあります。

拝殿左手の授与所で拝受可。

オリジナル御朱印帳もあります。

帳面は拝受していないため写真はなし。

アクセス

広島駅南口から県道37号線で広島電鉄皆実線沿いに比治山方面に向かいます。

ここから鳥居右手の細い道を入っていくと、玉垣の切れ目があるのでそこから境内に入ります。

参道左手に駐車場があります。

この駐車場が混んでいる場合、県道沿い境内左手にコインパーキングがあります。通常は有料ですが、ご祈祷を受ける場合1時間分の駐車券をもらえるとのこと。

神社概要

社名比治山神社(ひじやまじんじゃ)
旧称黄幡大明神
住所広島県広島市南区比治山町5-10
祭神

大国主大神

少名毘古那大神

建速須佐之男命

市寸島比売命

車折大明神

社格等

旧村社

別表神社

御朱印あり
御朱印帳あり
駐車場あり
公式Webサイトhttp://hijiyama-jinja.jp

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