天佐自能和気神社(徳島市不動東町)

天佐自能和気神社。

徳島市不動東町、吉野川・鮎喰川・飯尾川が合流する地点近くに鎮座。

式内社 天佐自能和氣神社に比定される神社。

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境内

鳥居

 

扁額

 

手水舎

 

狛犬

 

社殿前の狛犬

社殿

拝殿

 

扁額

 

本殿

 

記念碑

天佐自能和気神社は遠く壱阡数百年前に創祀され祖神の霊験もあらたかに幾多の伝説秘話を生み産土神五穀豊穣の名祠として県下にあまねく郷子の尊崇するところなり

昭和四十四年九月二十三日不慮の劫火により祠宇悉くを消失吾等氏子は相寄り直ちに再建を企図して奉賛会を結成す 寧日なき委員の努力によりて篤志家は広く県外にも及び浄財壱阡五百萬円を以て再建に着手し遂に落慶の日を迎う

ここに由来を記して永く後世の記念とする

境内社等

『式内社調査報告』によると、若宮神社、金刀比羅神社、八坂神社など10社が社殿背後にある、とあります。

社殿左手に大きな境内社があるのですが、そのいずれかを遷した(あるいは複数を合祀した)のか、別の摂末社なのかは不明。

 

社殿後方に境内社がずらり

 

細長い石を祀っている?ように見えますがなんでしょうか

 

佐賀田新宮の碑

 

境内社

 

境内社狛犬

 

社日塔

由緒

天佐自能和気神社由来

祭神

高皇産霊尊 神皇産霊尊 意富夜麻登玖迩阿礼比売命 日子刺肩別命

延喜式神名記に曰く小社座祈年国幣に預り給ふ 古事記に言ふ孝霊天皇記に意富夜麻登玖迩阿礼比売命に日子刺肩別命が生れこの皇子を祭神と祭り奉りしなり意富夜麻登玖迩阿礼比売命の父は和知都美命と申し安寧天皇第二皇子師木津日子命の皇子にして淡路御井宮に座し此の所縁などありて日子刺肩別命を淡路に近き阿波の国高崎の地に祭り奉りしなり

古老伝説

当社例祭後二日間は諸人参拝を許さじと往古よりの慣例なり然るに旧別当此の例を犯し翌日参拝なせしところ忽ちにして病を発し遂に不帰と言ふ今に至るも例祭執行後直ちに社殿へ注連縄を引き廻し三日間諸人の参拝を許されません 当社は吉野川の沿岸に位し洪水に際しては上流数郡の濁流怒涛の如く社地北方に深渕となり大渦巻を起し一見人の膽を寒からしむかかる危険の地に在りながら往古より崩する事なく社殿は恰も盤石の上に建つるが如し而して洪水に当りては社殿内自ら御神楽の音を発し水を治め給とそ 既に明治三十二年県下未曾有の洪水なりし?氏子ども一心に大神の加護を念じたれば殿内自ら御神楽音高く聞こゆるや忽ちにして水治まれりと語り伝う 大正元年夏襲来せる大暴風雨に吉野川氾濫し多数の犠牲者を出しこれが復旧作業として吉野川改修工事施行に当り沿岸に鎮座せられたる当社は現在の地に遷座し奉り今に至るも霊験顕著なるに恐懼し専意尊敬常に参拝するもの絶ゆることなし

創建時期は不詳。

往古は鮎喰川上流にあったという伝えもあるそうですが典拠不詳。

 

旧号は高木権現。

また『寛保改神社帳』『阿波志』には八幡宮(八幡祠)とあります。

『名東郡史続編』に「天正十年(1582)、進撃してきた長宗我部軍に備えて、長宗我部の守護神である「八幡宮」の掛額を南新居八幡宮から借用し難を逃れた」という記述があり、『徳島県神社誌』はここから、そのまま八幡宮として奉祀されたのではないかと推測しています。

 

『阿波国式社略考』『阿府志』は当社を延喜式神名帳にみえる「阿波国名方郡 天佐自能和氣神社」に比定。

『阿府志』は、当時の鎮座地が「高崎村和気」だったことから、「タカサキ」「アマサシ」の音が通じることを根拠として挙げています(どちらからどちらに転じたかは不明)。

 

和気の社地(現在地より1kmほど北という)が吉野川改修工事に伴い川底に沈んだので、大正元年に現在地に遷座。

昭和44年に火災により消失するも、翌45年再建(これが現社殿)。

 

現祭神は天佐自能和気大神(『徳島県神社誌』『日本歴史地名大系』)。『阿波国式社略考』はこの神を日子刺肩別命のこととします。

日子刺肩別命は孝霊天皇と意富夜麻登玖邇阿礼比売の皇子。

 

境内由緒碑や『式内社調査報告』では、高皇産霊尊、神皇産霊尊、意富夜麻登玖迩阿礼比売命、日子刺肩別命の四柱を祭神とします。

『式内社調査報告』は、元は日子刺肩別命一座が祭神で、後にその母である意富夜麻登玖迩阿礼比売命を合わせ祀り、さらに他の二柱も合祀したとみています。

 

なお、社名の読みが資料によってまちまち。

  • あめのさしのわけ『徳島県神社誌』
  • あめのさじのわけ『日本歴史地名大系』
  • あまさしのわけ『式内社調査報告』
  • あまさじのわけ『平成祭データ』

御朱印

御朱印の有無は不明。

アクセス

徳島駅や徳島中央公園の北東にある北常三島交差点(位置)で国道11号から西に入ります。

約3.8km先の交差点(位置)を右折。

1.4kmほど先(位置)で左折。100mほど先(位置)で右折。

その先飯尾川に架かる宮前橋を渡ると神社。

境内に駐車可能。

神社概要

社名天佐自能和気神社(あめのさしのわけ/あめのさじのわけ/あまさじのわけじんじゃ)
通称
旧称

高木権現

八幡宮

住所徳島県徳島市不動東町4-569-1
祭神天佐自能和気大神(天佐自之和気大神)

『徳島県神社誌』

『日本歴史地名大系』

『平成祭データ』

高皇産霊尊

神皇産霊尊

意富夜麻登玖迩阿礼比売命

日子刺肩別命

境内由緒碑

『式内社調査報告』

社格等

式内社 阿波国名方郡 天佐自能和氣神社

旧村社

札所等
御朱印不明
御朱印帳
駐車場あり
公式Webサイト
備考大正元年以前は約1km北の高崎村和気に鎮座

参考文献

  • 「天佐自能和気神社」, 『日本歴史地名大系』(データベース「JapanKnowledge」)
  • 「天佐自能和気神社」, 神社本庁教学研究所研究室編『平成「祭」データ(CD-ROM)』全国神社祭祀祭礼総合調査本庁委員会, 1995
  • 式内社研究会編『式内社調査報告 第二十三巻 南海道』皇學館大学出版部, 1987
  • 徳島県神社庁教化委員会編『改訂 徳島県神社誌』徳島県神社庁, 2019