山崎忌部神社〔旧地〕/忌部山古墳群(吉野川市山川町忌部山)

忌部神社旧地。

吉野川市山川町忌部山の山腹、かつて忌部神社が鎮座していた場所。

この場所は「黒岩」と呼ばれています。

 

登っていくと左手に説明板

忌部山古墳群

この古墳は海抜240mの高地に築造されている。5基あるが、4号墳は全壊している。6世紀後半ごろのものとされている。

当古墳の特徴は

  1. 玄室を隅丸に築き、天井石は持ち送りとなっている。
  2. 240mの高所に位置し、一尾根を占拠し、小群集墳を形成している。
  3. 玄室の閉塞施設を丁寧に構築している。

この石室の作り方は、「忌部山型石室」と呼ばれ、吉野川市内に数多く造営され、阿波忌部との関係が指摘されている。

昭和51年(1976)に徳島県博物館が調査、出土品には、金環、銀環、須恵器など多数あり。同館が所蔵している。

忌部山古墳、この上600m先

600mという数字に心折れそうになるも、登ります。

参道

写真の鳥居の先にある階段は歓喜天の社への道。黒岩と古墳群へは左手の山道を進みます。

 

案内板も立っているのでわかりやすいかと。写真右上に見える鳥居もやはり歓喜天の鳥居。

黒岩(忌部神社旧社地)

少し上ると、注連縄の張られた平坦な場所に着きます。ここが忌部神社旧社地と言われる黒岩遺跡。

 

磐座と思われる大きな岩と、その上に祀られているお社。社の正面扉には「忌部本宮大社」の文字が書かれています。

真立石

黒岩から僅かばかり先へ進むと真立石があります。忌部神社が黒岩に鎮座していた頃の鳥居だという説のある、一対の巨岩です。

 

案内板

真立石(またていし)

真立石とは、黒岩の旧社地にあり、高さ一丈(約3m)回り7.8尺(約2m)程の巨岩。上古神社の鳥居は、2個の立石を建てたものであったといわれ、旧忌部神社の鳥居であったと思われる。

平成12年2月文化財を守る会会員によって埋もれていた片方を掘り起こし、一対の真立石として復旧された。真偽については、今後の調査研究に待たれる。

割と最近まで一対のうち片方は埋まっていたようですが、大きな岩なので掘り起こして立て直した人達は大変だったでしょう。

古墳群への道

真立石から先、竹藪の中を通る道をしばらく登ると平坦な場所に着きます。そこが忌部山古墳群。

 

案内板

忌部山古墳群

位置 吉野川市山川町(山崎字)忌部山123番地

天日鷲命を祀る山崎忌部神社の裏山で、沖積平野を一望する海抜240mの高所にあり、眼下に善入島を眺めすばらしい景観である。古墳群は、5基からなる6世紀後半のもので、円墳は直径10m前後の墳丘をもち、埋葬施設は横穴式石室を主体部とし、3号墳は横穴式石室の外、小さな竪穴式石室をもっている。出土品は総て徳島市の県立博物館に保存され、自由に公開されて居りますのでごらん下さい。

発掘調査 昭和51年8月-昭和53年8月

木に覆われてほぼ展望なかったような気がするのですが、記憶違いでしょうか…

 

一号墳

 

二号墳

 

三号墳

 

四号墳(全壊)

 

五号墳

 

聖天寺そばの説明板には「4号墳は全壊」とありましたが、1号墳、5号墳も保存状態はよくないようです。2号墳、3号墳については保存状態良好、写真の通り開口部もはっきりしているので中を確認することも可能です。怖いので見ていませんが。

由緒

応永二年(1384)に大地震があり、当時黒岩に鎮座していた忌部神社は崩落しました。その後、少し下にある王子権現のそばに小祠として祀られ、後に天日鷲神社と称されました。現在は旧称に復し忌部神社(山崎忌部神社)と称されています。

アクセス

山崎忌部神社のそばに、聖天寺へ続く登り坂があります。一応車でも登れますし駐車スペースもありますが、道が狭いので忌部神社の駐車場に車を置いて歩いて行った方がいいでしょう。

こんな道。途中に蛇がいました。

神社概要

社名山崎忌部神社〔旧地/黒岩遺跡〕(やまさきいんべじんじゃ)
住所徳島県吉野川市山川町忌部山123(忌部山古墳の住所)
祭神

天日鷲翔矢尊

后神言筥女命

天太玉尊

后神此理能賣命

津咋見命

長白羽命

由布洲主命

衣織比女命

社格等式内社 阿波国麻殖郡 忌部神社(名神大 月次新嘗 或号麻殖神 或号天日鷲神)
御朱印なし
駐車場忌部神社or聖天寺の駐車場を利用
備考

応永2年(1384)までは当地・黒岩に鎮座

忌部山山頂には忌部山古墳(1~5号墳)あり

黒岩(おおよその位置)

忌部山古墳

 

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