瀧宮神社。
綾川町滝宮町、滝宮天満宮の西に鎮座。
滝宮天満宮と合わせて、滝宮両社と呼ばれる神社。
境内
随神門
随神門前の狛犬
鳥居
牛
参道
手水舎
社殿
拝殿
本殿
境内社等
由賀稲荷社
伊佐雄神社
八社之宮
法然上人念佛御修行石と念佛踊り追恩碑
浄土宗開祖の法然上人は建永二年(一二〇七)讃岐に配流となった。その折、滝宮のこの修行石の地にも立ち寄られ念佛教化された。この時、神社で奉納されていた雨乞いの踊りをご覧になり、念佛を称えながら踊るように振り付けの指導をされたと伝えられている。
合掌
法然上人讃岐配流八百年追恩のためにこの碑を建てる
国分石
当地が讃岐国の中心であったことを示します。
由緒
主祭神 建速須佐之男命
合殿 櫛稲田姫命 八将之王子
年間行事日
例祭 十月第一(土・日)
滝宮念仏踊 八月二十五日
月次祭 毎月八日
由緒
和銅二年(七〇九)行基菩薩当国へ奉勅下向の時、阿野の川辺に岩窟の霊区のあることを感見し、一宇を造立し巖松山綾川寺龍燈院を号した。
その後神託により「六月八日綾川の滝淵から応現し給ふ霊神を御維新迄旧号瀧宮牛頭天王社と称し、往昔より五幾八道の一南海の惣鎮護と仰がれる」
当社は古くから滝宮の産土神として里人の崇敬が厚く、往古より牛馬の守護神として県内外から参拝し牛馬安全を祈願する人々が多い。
又「滝宮念仏踊」の起社としての姿もとどめていて、毎年八月二十五日に行われる滝宮念仏踊は国の重要無形文化財にも指定されている。
滝宮天満宮と合わせて滝宮両社と呼ぶ。
創建は和銅2年(709)。
行基が綾川の巌窟の霊妙なるを感見し、経を誦したところ霊神が応現し、その神託により川の辺(下の宮)に祠を建て滝宮牛頭天王としたのが起源といいます。
龍燈院縁起によれば大同2年に空海が訪れ、当社の社殿が傾廃していたのを補修、日本祇園八社の一、南海道総鎮護の神と尊崇し、その後(年代不詳)現地に遷座したとされ、仁和年中には菅原道真が興隆を図り、寛平元年疫病流行の際には自ら般若心経を手写して当社に祈願したとされます。
康曆年間(1379~1380)に細川頼之が再建、天正年間(1579頃)兵火に罹り、慶長年間(1596~1614)生駒親正が再建。
松平頼重は社領を寄進、寛永21年(1644)随神門、万治3年(1660)には本殿その他を再建修補しています。
明治元年(1868)に滝宮神社と改称。
明治4年(1871)村社に列格。
当社の社名の漢字については「瀧宮」と「滝宮」の表記が見られます。
境内由緒書や香川県神社庁のサイト、香川県神社誌では「瀧宮」。
平成祭データや香川県知事所轄宗教法人名簿、綾南町史では「滝宮」。
どちらが正式な表記であるかは不明(国税庁の法人番号公表サイトでは「瀧宮」なので、登記上はこちらが正のようです)。
御朱印
御朱印はあります。
滝宮天満宮で拝受可。
アクセス
滝宮天満宮の社務所前の道を西へ100m弱行くと当社の境内に入ります。
天満宮からの道
参道入口はそこから少し南。社殿は北。
神社概要
社名 | 瀧宮神社(たきのみやじんじゃ) |
---|---|
通称 | 天王さん |
旧称 | 牛頭天王社 |
住所 | 香川県綾歌郡綾川町滝宮1347 |
祭神 | 健速須佐之男命 |
合祀 | 櫛稲田姫命 八将之王子 |
社格等 | 旧村社 |
札所等 | – |
御朱印 | あり(滝宮天満宮にて拝受可) |
御朱印帳 | – |
駐車場 | 滝宮天満宮駐車場を利用 |
公式Webサイト | – |
備考 | – |
参考文献
- 「滝宮神社」, 『日本歴史地名大系』(データベース「JapanKnowledge」)
- 「滝宮神社」, 神社本庁教学研究所研究室編『平成「祭」データ(CD-ROM)』全国神社祭祀祭礼総合調査本庁委員会, 1995
- 香川県神職会編『香川県神社誌 下巻』香川県神職会, 1938(国会図書館デジタルコレクション 46コマ)
- 式内社研究会編『式内社調査報告 第二十三巻 南海道』皇學館大学出版部, 1987