鳴瀧不動尊/御霊殿神社〔石坐神社奥宮〕?(大津市膳所平尾町)

鳴瀧不動尊/御霊殿神社。

音羽山系の御霊殿山に鎮座。

式内社 石坐神社 旧鎮座地の伝承が残る地に祀られる、石坐神社奥宮かも知れない祠と不動尊。

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参道

音羽山はいくつか登山道があってどこからでも行けるのですが、最短ルートと思われる御用池からの道を登りました。

 

未舗装ですが車が通れるくらいの道です

 

石丸大神の祠

 

道はずっとこんな感じでなだらかに登ります

 

途中台風被害のため車両通行禁止となっていました

 

とはいえ徒歩なら特に支障なし

 

相模川上流

鳴瀧不動尊

御用池から10~15分くらい登ると左手に橋が現れます。

 

鳴瀧不動尊

初勤行

正月一日午前一時より

春季大護摩供法要

四月二十九日(祝日・みどりの日)

秋季八大龍王尊大祭

十一月第一日曜日

一、お供物は必ず持ち帰ること

一、祠には仏具等を置かないこと

総本山 聖護院門跡 神変講社 膳所鳴瀧講

 

石橋

 

鳴瀧不動尊境内

 

石段下に八大龍王の石碑

 

鳴瀧不動尊

 

お不動さん

 

不動尊の右下には注連縄が掛かっていて…

 

石樋から水が流れて小さい滝のようになっています

 

苔むしたお不動さん(?)

 

岩肌が露出しています

 

不動尊の左手に多くの石碑が祀られています

 

大山祇大神の碑が岩山の窪みに置かれています

この岩山も磐座あるいは何らかの祭祀対象なのでしょうか。

 

岩の下の拝所のようなところ

 

お不動さん?

石坐神社奥宮(御霊殿神社)?

境内奥(水場の右手)にお社があります。

 

石橋

 

鳥居が2つ

 

お社

恐らくこちらが石坐神社奥宮(御霊殿神社)ではないかと思うのですが…由緒や社名の掲示などはなく、実際のところは不明です。

磐座?

お社の左手に石段があります

 

登ると大きな岩があって、側面に2つの祠?があります

磐座のようにも思えますが、位置的に山頂ではありません。

 

龍白大権現 と刻まれた岩

 

五社大明神 と刻まれた岩

由緒

大津市西の庄に鎮座する石坐神社は、社伝によれば瀬田に設けられた近江国府の初代国造・治田連がその四代前の祖・彦坐王を茶臼山に葬り、その背後の御霊殿山(ごりょうどやま)を神体山として祀ったのが始まりとされます。

この御霊殿山の正確な場所は資料にないのですが、式内社調査報告は不動堂の後方としており、地図上で鳴瀧不動尊南西500mほどの場所にある峰に丸を付けています(その丸が何を意味するのかの記述はなし、旧地は凡例では三角のはず…)。

地理院地図で確認するとそこは約480mの峰。禁足地のためか、登山道はないようです。山頂に巨岩(磐座)があるとされますが、それを確認することはできません。茶臼山古墳の公園あたりから見ると三角錐状の上部がきれいに見えるので、神体山・神奈備山とされたのではないかと思います。

 

石坐神社は朱鳥元年(686)、王林(現在の錦駅付近、かつては石坐野、石神町と呼ばれた)へ遷座。石坐神社境内由緒書には「奥宮 御霊殿神社」の記述があり、不動尊に隣接する社がそれではないかと推測しますが、不明。

12月29日には石坐神社で神奈備山登拝祭が行われるようで、その際にこちらの社か、あるいは磐座まで登り祭祀が行われるのかもしれません。

 

鳴瀧不動尊の由緒はよくわからないのですが、元々御霊殿池の堰堤に祀られていたところ、大雨で流されて大正時代の中ごろに現在の場所に遷されたようです。

御朱印

御朱印の有無は不明。

アクセス

音羽山や牛尾山から下ってくることもできますが、ここに行くだけなら一番速いのは御用池から登るルート。

説明しづらい場所なのですが、膳所町池ノ内町のここの十字路(名神高速の高架下西側)に行きます。

十字路を西に入ったら、すぐに南(進行方向で言うと左)に折れます(まっすぐ西方向に進むと行き止まり)。後は道なりに進めば御用池に出ます。

御用池の脇を進み資材置き場を過ぎた辺りで路肩が広くなっている所があるのでその辺りに停めます(駐車場であるのかは不明。一応山の案内板が置かれてはいる)。そこから15分程度登れば到着。

神社概要

社名鳴瀧不動尊(なるたきふどうそん)/御霊殿神社(ごりょうどじんじゃ)?
通称
旧称
住所滋賀県大津市膳所平尾町
祭神不明(石坐大神・八大龍王神?)
社格等

式内社 近江国滋賀郡 石坐神社

石坐神社奥宮?

札所等
御朱印不明
御朱印帳
駐車場なし
公式Webサイト
備考南西の482m峰が石坐神社旧地・御霊殿山?

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