那波加神社(大津市苗鹿)

那波加神社。

おごと(雄琴)温泉に程近い、大津市苗鹿に鎮座。

式内社 那波加神社に比定される神社。

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境内

社頭

 

社号標

 

参道横にある苗鹿会館(集会所的なもの?)前に建つ苗鹿の碑

 

苗鹿碑

那波加神社(苗鹿一丁目)の縁起には、祭神の天太玉命が、稲の苗を背負った鹿に導かれるとの記載があります。苗鹿の地名はこの伝承によるものといわれ「のうか」の読みは、社名の那波加が転訛したものとされています。

 

鳥居

 

扁額

 

手水舎

社殿

拝殿

 

拝殿後ろに玉垣があり、その中に本殿があります。

 

本殿拝所

 

本殿前の狛犬

 

本殿

境内社等

本殿左手に幸神社、大将軍社、宇賀神社

 

本殿右手に夷神社、龍神社

 

玉垣内右奥の社号標

枝で上部が読めず…村社か郷社の時の社号標でしょうか。

 

境内社?

 

石が祀られた祠

 

神饌所

 

神輿庫?

由緒

那波加神社

那波加神社(下社)

天智天皇七年(六六八)

境内社 龍神社 夷社 宇賀社 大将軍社

那波加荒魂社(上社)

平城天皇大同二年(八〇七)

境内社 大炊社 愛宕社 須古社

由緒

ご祭神「天太玉命」は、古よりこの地に降臨し、天智天皇七年(六六八)に神社を創建、垂仁天皇の皇子小槻氏の始祖「於知別命」を配祀し、平城天皇大同二年(八〇七)には荒魂社を創建し別宮としたと伝えられています。

地名の由来も「老翁となった天太玉命の農事を鹿が助け、苗(稲)を鹿が背負って運んだ」ことから、苗鹿となったと伝えられています。

この地域を治め朝廷の事務を司る小槻氏の崇敬を受け、延喜式神名帳に名を列ねる式内社となり、建武二年(一三五五)には、天皇より勅使が差遣され、天下太平祈願の奉幣の記録も残っています。

比叡山延暦寺との関係も深く、円仁が横川中堂を建立したとき、苗鹿明神が内陣柱を奉加したことから、天台宗の根本法華経を守る三十番神二十九日目の守護神として全国著名大社の神々に並び崇敬されています。

元亀二年(一五七一)の兵火により社殿等を焼失し、慶長十二年(一六〇七)氏子崇敬者が一致協力して社殿他を再建し神社を護持しました。

明治九年村社、明治二十八年郷社、明治三十五年(一九〇二)に県社となっています。

現在、下の宮に一間社流造の本殿の他、境内に龍神社、夷社、宇賀社、大将軍社を祀り、上の宮には荒魂社本殿の他、大炊社、愛宕社、須古社の境内社をお祀りしています。

創建は天智天皇7年(668)とも、大同2年(807)とも(境内由緒書では天智天皇7年を下社の、大同2年を上社の創建年とする)。

社伝によれば、仁寿元年(851)に小槻氏の今雄宿禰が雄琴荘を賜ったころから小槻氏の保護をうけるようになった、とされます。

 

雄琴温泉の北にある雄琴神社(位置、今雄宿禰を祀る)とは深い関係があるとされます。

また今雄宿禰が貞観5年(863)に創建したとされる、当社の旧神宮寺である法光寺(位置)には、今雄宿禰の供養塔と伝わる鎌倉時代の宝塔があって、元は寺院背後の丘陵上(法光寺古墳群)にあったものを移転させたものといわれています(ただし実際には鎌倉末期頃の作とされる)。

法光寺の鎮守社天神社には木造の男女神像一対が安置されていますが、天神社の神体が男女像一対なのは不自然なこと、また像底に苗鹿大明神の森の木を用いて応永3年(1396)9月8日に造られたことを伝える墨書銘があることから、那波加神社の御神体として造られたともみられています。

 

比叡山延暦寺との関係も深く、三十番神(1か月30日間を毎日交番で法華経を守護する神々)の二十九日目の神に選ばれています。

 

延喜式神名帳にみえる「近江国滋賀郡 那波加神社」は当社に比定されています。

 

建武2年(1355)に勅使が差遣され、天下泰平祈願の奉幣があったとの記録あり。

永禄4年(1561)、延暦寺僧徒の暴威により社領を押領されました(当社略記による)。

元亀2年(1571)、織田信長の比叡山焼き討ちの際に焼失。慶長12年(1607)に再建。このため古い建物は残っていません(現社殿は慶長の再建時よりもさらに後のものという)。

明治9年村社に列格し、明治28年郷社、明治35年県社と昇格。

 

当社のすぐ西、公園を挟んだ場所に上宮・那波加荒魂神社が鎮座しています。

上宮の本殿背後に、霊石と呼ばれる磐座信仰の名残を伝える石が現在も祀られており、この石を祀る祭祀が那波加神社の基礎になったと考えられています。

現在は下宮が本社、上宮が末社となっています。『式内社調査報告』は「いまも祭祀の上では上宮から下宮への神幸が行はれ」と記していますが、『日本の神々』は「上宮を御旅所として下宮から神輿の渡御が行われ」としており、実態は不明。

 

 

なお『日本の神々』によれば湯元館(おごと温泉の湯元館?)前にもう1ヶ所あるそうですが、それらしい場所は見当らず。

 

現祭神は天太玉命。

『神名帳考証』(土代ではない方)には天太玉命に加えて大香山戸臣神も挙げられています。

また同書は宇賀御玉神とする説も挙げています。

『明治神社誌料』は、宇賀御玉命を祭神とし、相殿に今雄宿禰を祀るとしています。

御朱印

御朱印はあります。

本殿前拝所の左手に書置き御朱印の入った箱が掛けてあるのでそちらから。

初穂料を入れる用の袋が付いていたはず。

アクセス

大津中心部から琵琶湖沿いに県道558号を北上し、苗鹿三丁目交差点(位置)で左折して細い道を100mくらい行くと参道入口があります。

駐車場はありません。参道脇の苗鹿会館や、那波加荒魂神社隣りの建物(公園との間、社務所か集会所ぽく見えるが不明)前にも駐車スペースはありますが、参拝者が停めていいのかはわかりません。

神社概要

社名那波加神社(なはかじんじゃ)
通称

苗鹿大明神

雄琴明神

旧称同上
住所滋賀県大津市苗鹿1-8-1
祭神

天太玉命

現祭神

天太玉命

大香山戸臣神

『神名帳考証』

宇賀御玉神

『神名帳考証』

『明治神社誌料』

相殿今雄宿禰(『明治神社誌料』のみ記載)
社格等

式内社 近江国滋賀郡 那波加神社

旧県社

札所等
御朱印あり
御朱印帳
駐車場不明
公式Webサイト
備考すぐ西に上宮・那波加荒魂神社が鎮座

参考文献

  • 「苗鹿村」, 『日本歴史地名大系』(データベース「JapanKnowledge」)
  • 「那波加神社」, 神社本庁教学研究所研究室編『平成「祭」データ(CD-ROM)』全国神社祭祀祭礼総合調査本庁委員会, 1995
  • 式内社研究会編『式内社調査報告 第十二巻 東山道1』皇學館大学出版部, 1981
  • 谷川健一編『日本の神々 神社と聖地 第五巻 山城・近江』白水社, 1986
  • 明治神社誌料編纂所編『府県郷社明治神社誌料 中巻』明治神社誌料編纂所, 1912(国会図書館デジタルコレクション 71-72コマ