籠守神社(湯梨浜町埴見)

籠守神社。

倉吉駅の東、湯梨浜町埴見集落に鎮座。

鳥取県中部地域で最も古い本殿を擁する神社。

境内

鳥居はありません。境内入口には柱が一本(元々鳥居の柱だったもの?)が立っています。

狛犬もいませんでした。

社殿

拝殿。ごく普通の、村の鎮守様といった雰囲気の造り。

内部には県指定文化財の蟇股(元々本殿背面にあった蟇股?)が保存されているのですが、扉が閉まっていたので撮らず。

写真を載せているブログを見かけたので、開けて撮ってもよかったのかと思いちょっと後悔。

 

本殿。こちらは県指定保護文化財です。

 

案内板

県指定保護文化財

籠守神社本殿 附蟇股一枚

底筒男命、中筒男命、表筒男命の三神を祀る当神社は、鎌倉時代の創建と伝えられる埴見集落の氏神であり、子授け、育児など子供に関する信仰が篤い。節分には農作物の豊凶を占う御釜の神事が行われている。正嘉2年(1258)東郷荘下地中分絵図に「土海宮」として社殿が描かれ、また当神社の宮司家に伝わる文書に「土海宮神主」と書かれていることから、かつては土海宮と呼ばれ、13世紀中頃には既に創建されていたと考えられる。

本殿は、正面3間(柱の間が3つ)、側面2面、背面2面の規模で、流造形式である。屋根は銅板葺で建材には主に欅や栗が用いられている。

蟇股は現在本殿正面、側面にあり、背面には見られないが、壁板の風蝕から、かつては背面にもあったことが確認できる。

拝殿内に飾られている蟇股の裏に「元禄13年(1700)11月11日 備前国赤坂郡 平岡西村 大工 横山益三」と記されている。この蟇股は材料や形から、現在の本殿のものと考えられ、備前大工の手によって建てられたことが分かる。

湯梨浜町野花の松尾神社(宝永3年(1706))の蟇股や彫刻などが当社とよく似ていることから、こちらも同じ備前大工の作と考えられ、この時期、備前からの大工の流入があったと考えられる。また、元禄13年(1700)という年号から、現在確認されている中では県中部で最も古い神社本殿建築である。柱や梁、桁などの軸部には大きな改造はなく、様式的にも装飾化が進む以前の、簡素な古い形を伝える貴重な建築である。

円通庵

神社に隣接しているお堂、円通庵。

由緒は不詳。町指定有形文化財の聖観音立像を所蔵しているそうです。

由緒

創建は鎌倉時代頃。

13世紀中頃には創建されていたと考えられています。

当社鎮座地の埴見には、岸ノ前、船谷、赤浜などの小字があり、東郷湖が埴見の辺りまで及んでいた時代もあったらしく、住吉三神を祀っているのはそこに関係するのではないかとも言われます。

かつては土海宮と呼ばれ、幕末頃には籠守大明神と称していましたが、明治以降は籠守神社と称しています。

また、明治になってから埴見地内の八大荒神、牛頭天王、大山祗神の3社を合併しています。

平成18年7月18日、本殿と蟇股一枚が県指定保護文化財に指定されました。

御朱印

御朱印の有無は不明。

というのも、参拝後宮司さんのお宅に伺った際、まず兼務社である波波伎神社の御朱印についてお聞きしてしまい、当社の御朱印については聞くのを忘れてしまったのでした。

アクセス

倉吉市と湯梨浜町の境から県道22号を少し進み、山陰本線の線路を潜って埴見集落に入ります。

ここで曲がります。角のバス停横に小さく籠守神社本殿の案内あり。

しばし進むと、ここに籠守神社本殿の案内あり。

ここを左折し坂を上ると神社前に。道幅狭く、きつい坂なのでお気を付けを。

車は境内に駐車可能です。

神社概要

社名籠守神社(こもりじんじゃ)
旧称

土海宮(はなみのみや)

籠守大明神

住所鳥取県東伯郡湯梨浜町埴見115
祭神

底筒男命

中筒男命

表筒男命

社格等無格社
御朱印不明
駐車場あり

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