八幡神社〔金丸八幡神社〕(東みよし町中庄)

八幡神社。

JR三加茂駅の北隣に鎮座。

旧称および通称は金丸八幡神社。

式内社 田寸神社の論社。

境内

境内入口

 

狛犬

 

鳥居

 

阿形しかいなかった狛犬

社殿

拝殿

 

扁額

 

本殿

境内社

境内社。式内社調査報告にある金丸神社ほかを祀った末社殿か。

 

境内社前の狛犬

 

社日

 

裏手、国道側にあった境内社

地神祠?

後ろに見える並んだ石が、後述の由緒書にある磐境のようです。

参拝時はあまり調べていなかったため、ちゃんと取れていないのが残念。(普通の玉垣だと思っていて)

宵宮の神事

案内板

『金丸八幡神社の宵宮の神事』

金丸八幡神社の宵宮神事は、中国伝来の陰陽五行説を題材とし、この世の最初の神様である盤古(ばんこ)大王の物語を組み合わせた創作話の神楽です。

秋祭りの前夜、10月14日の夜境内で行われます。まず拝殿の前に一本の長い青竹を渡し、これに温石(オンジャク)(円形の御霊代)を下げます。庭では火(庭燈)をたいて、そのあかりで神が「オンジャク」に天下るのを迎えるという、降神の儀式があり、この儀式の後、神楽に入り、刀を扇を持って北・東・南・西・中と5回まわる『剣の舞』を舞い(五方固め)、お招きした諸々の星神の名前を述べ、神々の力を呼び起こし、このあと、天地開山の盤古大王の末の子である乙子五郎は、兄の四帝竜王を訪問して『乙子五郎王子の舞』を舞います。

こうした古い形で秋祭りが残っているのは県下でも珍しく、県指定無形民俗文化財に指定されています。

由緒

由緒碑

八幡神社の由来

大昔この地に神が祀られその神域の境界を示すものとして磐境が残っている。

萬治三年(一六六〇年)に八幡宮として新しく建てられ、その後何回となく再興・修理が加えられ維持されてきた。

明治四年神仏分離後、八幡神社と改称し神殿を造営し、明治十三年幣殿・拝殿を新造し現在の神社となった。

明治四十二年、地域の小宮を集めて境内神社として社殿を作った。

平成八年、社殿全体の老朽化に伴い、氏子の発意で大規模改修工事を行った。

祭礼は、毎年四月十五日・十月十五日の例大祭、十月十四日の夜は徳島県指定無形文化財「宵宮の神事」の神楽舞いが奉納される。

これらの諸行事は、山路山畑、中井、西光角の四部落の当屋持ち回り制で行われている。

『式内社調査報告』に

「社記によると、往古建石神社と称し大己貴命を祀った。中古、金丸山腹に鎮座していた八幡神社を合祀して金丸八幡神社とよばれた」

とあります。

この建石神社が田寸神社の論社となっており、古式ゆかしい立石はその磐境ではないかとも。

この立石は皇護石とも言うそう。

立石は阿波で取れる板状の青石(緑泥結晶片岩)が自然石のまま用いられており、いずれも直立しています。

玉垣だとの見方もありますが、祭場として聖域を画した磐境だとすると、上代の祭祀遺跡として貴重なもの。

祭神

祭神について、『神社明細帳』には応神天皇、神功皇后、武内宿禰、天津加佐比古命。

しかし『式内社調査報告』では天津加佐比古命をは天都賀佐比古神社の神名であるため社記にある大己貴神が正しいのではないか、としています。

御朱印

御朱印の有無は不明です。

アクセス

国道192号沿い、三加茂駅というとても小さな駅の真ん前にあります。

駐車場はありませんが、すぐ隣に東みよし町立歴史民俗資料館という施設があるので、ここの駐車場をお借りするのがいいかと思います。

こちらは入館無料ですので、神社参拝と合わせて見学するのもよさそうです。

歴史民俗資料館の脇の道に朱い鳥居が立っているのですが、撮り忘れ。

神社概要

社名八幡神社(はちまんじんじゃ)
旧称・通称金丸八幡神社(かなまるはちまんじんじゃ)
住所徳島県三好郡東みよし町中庄1187
祭神

応神天皇

神功皇后

武内宿禰命

大己貴神(社記)

仁徳天皇(徳島県神社誌)

天津加佐比古命(神社明細帳)

社格等

式内社 阿波国美馬郡 田寸神社

旧村社

御朱印不明
駐車場なし(神社用の駐車場はないが、隣の歴史民俗資料館に駐車場あり)

コメント

  1. 今日の神社も趣ありますね。
    応援しておきました。ポチッ

  2. たんぽぽろぐ より:

    >矢田@医療職兼業トレーダーさん
    こんにちは。
    応援いただき、ありがとうございます。