深渕神社(香南市野市町西野)

深渕神社。

香南市野市町西野、物部川の東500m強の所に鎮座。

式内社 深淵神社に比定される神社。

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境内

鳥居

境内に車が停めてあったんですが、どうやって入ったのか。軽なら鳥居潜れなくもないかもですが、私には無理でした。

 

狛犬

社殿

拝殿と、手前の鳥居

 

扁額

 

本殿覆屋

中は見えず。

由緒

境内案内板

深渕神社

延喜式社。祭神は、深渕水夜禮花命(ふかぶちみずやればなのみこと)。

水神として元原部島にあり十善寺を経て明治二十五年現在地に遷宮、深渕郷の総鎖守で明治十二年県社に昇格した。

従五位上。

創建年代は不詳。

『明治神社誌料』によれば、古老の伝えとして、孝安天皇31年、神勅によって奉斎したとあります。

 

社伝には貞観12年(870)3月5日に従五位下、元慶3年(879)9月27日に従五位上を授けられたとあります。この条件に合致するのは土佐国の大谷神のみ。あるいは当社を大谷神とする説があるのかもしれません。

また、延喜式神名帳にみえる「式内社 土佐国香美郡 深淵神社」に比定されています。

 

元来の社地は『式内社調査報告』によれば「現在、人家のある深渕集落の西方で、現神社の西北にあたる物部川東岸の川岸に近い官有地のところ」だそう。その地は原部島といい、後に深渕に改称されたとのこと。深渕の地名が現在の深渕神社の鎮座地ではなく、それよりも少し西なのはこのため。

 

寛永年間(1624~45)に、開拓の結果河道に変化が起き、河川が合流したことにより洪水が発生、境内は崩壊。社地が川底に沈み、側に小祠が建てられます。

その後、寛文年間(1661~73)に十禅寺(十禅師・十善寺・十善士とも)に遷座します(洪水時に神社が十禅寺に流れ着いたからとも)。十禅寺は物部川橋の東詰付近の土地です。橋の東詰から少し北に小社があり、十禅寺鎮座時の深渕神社と関係があるのではないかと言われているそうです(未確認)。

参拝時には確認しておらず、ストリートビューで見たところそれらしき祠は見当たらず。

 

橋のすぐ北、十善寺公民館付近のお墓の前(上図)に奉献と彫られた碑があるのでこのあたりか。

 

明治5年郷社列格、同12年県社列格。

 

明治25年、またも洪水に遭い十善寺の社地が崩壊したため、翌26年に現在地に遷座。

二度も洪水被害にあってしまったので、少し川から離れたのでしょうか。

 

祭神は深淵水夜禮花命。須佐之男命の曾孫、大国主命の曾祖母して古事記に見える神です。

御朱印

御朱印の有無は不明。

アクセス

国道55号、あるいは県道364号で物部川を渡り、北に進んだ場所。

駐車場はありません。

神社の西、川沿いに野市ふれあい広場という野球場とかを含んだ広場があり、そこに駐車場があるのでお借りするのがよさそうです。

 

野市ふれあい広場はここ。

神社概要

社名深渕神社(ふかぶちじんじゃ)
旧称

深渕権現

十善神権現

十禅師深渕権現

十善士権現社

十禅師権現

住所高知県香南市野市町西野1202
祭神深淵水夜禮花命
社格等

式内社 土佐国香美郡 深淵神社

日本三代実録 貞観十二年三月五日丁巳 大谷神 従五位下(?)

日本三代実録 元慶三年九月廿七日甲寅 大谷神 従五位上(?)

旧県社

御朱印不明
駐車場なし(神社の西、物部川沿いの野市ふれあい広場に駐車場あり)

参考文献

『式内社調査報告 第二十三巻 南海道』 皇学館大学出版部

 

『日本歴史地名大系 40 高知県の地名』 平凡社


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