和志取神社(安城市柿碕町和志取)

和志取神社。

安城市柿碕町に鎮座。

式内社 和志取神社の論社。

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境内

社号標

 

鳥居

 

二の鳥居

 

手水舎

 

狛犬

社殿

拝殿

 

本殿

 

本殿脇の狛犬

境内社等

境内社

式内社調査報告には境内社として八重事代社と稲荷社が挙げられています。

中は覗いていませんが、扉の形状からして二社祀られているように思えます。

 

遥拝所(どこを遥拝するのかは不明)と社殿改築碑

 

御神木?のクスノキ

由緒

社記

一、神社名 和志取神社

一、祭神 天日鷲命 伊弉諾命

一、創立年月日 継体天皇即位元年

一、由緒

継体天皇即位元年の設立で五畿七道の霊地に神社を建て厚く天神地祇を祭らしめ給う当社その一也

古来歴朝の崇敬浅からず延喜式神社に列し三河国二十六社の一にして碧海郡六座中の旧官社なり

永禄三年兵火に遭い焼失爾後天正三年まで仮殿遷座のままなりしが同年織田信長長篠城に向う途次当社に詣で手ずから金作りの大刀を捧げ戦勝を祈願しその折奉行に命じて社殿を再建せしめたり即ち武門武将の尊崇厚く国司国守藩主領主の崇敬推して知るべし

明治十五年十月村社に列し明治四十年十月神饌幣帛供進神社に指定せらる即ち氏子五十八戸の守神にして旧矢作町の崇敬神社たり昭和三年伊弉諾命を合祀昭和二十七年宗教法人となり氏子崇教者の誠心により社殿境内も整備され今日に至る

創建時期は社記によれば継体天皇即位元年(507)。

創建の経緯などは不明。

 

延喜式神名帳にみえる「三河国碧海郡 和志取神社」を当社にあてる説があります。

和名抄にみえる碧海郡鷲取郷、また延喜式巻二十八兵部省の諸国駅伝馬にみえる参河国駅馬の鳥捕を当地付近とするもあります。

 

永禄3年(1560)、兵火に罹り焼失。

天正3年(1575)に織田信長が再建。

 

いつ頃からかは不明ですが白山社と称されていましたが、江戸末期に和志取神社と称するように。

 

明治7年、教部省により西本郷村の長谷部神社が式内 和志取神社に確定したため、当社は和志取神社と称することを禁じられます。

村民はこれに対し請願を行い、翌8年には長谷部神社への式内確定指令は取り消されました。

 

明治15年(5年とも)、村社列格。

昭和3年に無格社熊野神社を合祀。

 

現祭神は天日鷲命、合祀神として伊弉諾命。

ただし式内社調査報告と『愛知県神社名鑑』は伊弉諾命ではなく伊弉冊命を祭神として記しています。

式内社調査報告には「伊弉冊命は昭和3年に合祀した神である」、『愛知県神社名鑑』には「昭和3年3月2日字和志取1番無格社熊野神社を本社に合祀」とあります。

御朱印

御朱印の有無は不明。

アクセス

国道1号で名鉄宇頭駅の近くまで行きます。

尾崎町交差点(位置)からこのルートで行くといいです。

 

駐車場はありませんが、鳥居右側から境内に乗入れ可能。

(手前の駐車場は神社のではないようです)

神社概要

社名和志取神社(わしとりじんじゃ)
旧称白山社
住所愛知県安城市柿碕町和志取35
祭神

天日鷲命

合祀

伊弉冊命

式内社調査報告

『愛知県神社名鑑』

伊弉諾命

境内由緒書

『平成祭データ』

社格等

式内社 三河国碧海郡 和志取神社

旧村社

御朱印不明
駐車場なし

参考文献

『式内社調査報告 第九巻 東海道4』 皇学館大学出版部

 

『愛知県神社名鑑』 愛知県神社庁


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