槻本神社(高山市丹生川町山口字月本)

槻本神社。

高山市丹生川町山口字月本、高山駅の東北東6km強の場所に鎮座。

式内社 槻本神社に比定される神社。

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境内

社前の橋

 

鳥居

 

社号標

 

社号標は天保2年に郡代大井永昌によって建てられたもの(田中大秀揮毫)で、市指定史跡のようです

 

狛犬

 

手水舎

社殿

拝殿

 

扁額

 

本殿覆屋

境内社等

子守神社

 

県指定天然記念物 槻本神社のスギ

 

槻本神社のスギ

<県指定年月日>昭和五十四年六月十五日

<所有者>槻本神社

<所在地>高山市丹生川町山口一四五番地

<樹齢>推定一二〇〇年

<員数>一本

<概要>

目通幹周囲…六・三メートル

根元幹周囲…十一・〇メートル

樹高…三七・〇メートル

枝張東…十四・七メートル

枝張西…十三・〇メートル

枝張南…十・六メートル

枝張北…十四・七メートル

<説明>

槻本神社のスギは樹齢千二百年とされ、槻本神社創建当時からご神木であったと推測される。樹高は三七メートルに及び、旅行く人々はこのスギを目当てとして歩いたと伝わる。

 

丹生川村指定保存樹 けやき

 

丹生川村指定古文書 検地絵図・同年貢帳の碑(現在は市指定?)

由緒

由緒板

槻本神社

所在地 山口字月本一四五番地

祭神

大山祇大神

節御気野神

建南方刀美神

八坂刀売神

創建年代は不詳であるが、延喜(九〇一~九二三)式内社飛騨八社の一つとして、古来より崇敬されてきた。主祭神の大山祇大神は、伊邪那岐命・伊邪那美命の御子である。

昔、境内に槻(杉)の巨木があり、自然崇拝の原始信仰時代神籬(常緑樹を供える祭壇)として神をここに祀ったものと伝えられている。この槻の巨木の陰は数里(一里は約四キロメートル)にも及んだとも言われ、社名もこの槻に起因し、この地の産土神として崇められた。

一八七一年(明治四年)社格制定により「郷社」に指定され、一九四六年(昭和二十一年)「銀幣社」に指定され現在に至っている。

覆殿で覆われた神明造りの本殿に続き、平棟造りの祝詞殿・幣殿・神楽殿・神饌殿・拝殿で構成された建造物となっている。

一八三一年(天保二年)、郡代大井帯刀源永昌によって、社号碑(田中大秀揮毫)が奉納され、一九八六年(昭和六十一年)手水舎が完成した。

祭祀は、元旦祭(一月)、春祭り(四月)、例祭(本祭り・九月)、秋祭り(十一月)、除夜祭(十二月)が行われている。

 

子守神社(こやすじんじゃ)

創建年代は不詳であるが、古の昔よりこの地に祀られている子守神社は、大山祇大神の御子である木花咲耶姫命を祭神とする。

流れ造りの社殿は、一九三〇年(昭和五年)に坊方丹生川神社御旅所の熊野より移築し一九八〇年(昭和五十五年)に再建された。

昭和五年の社殿移築を機に、地区の女性が奉仕し団子撒きを行う祭りが始まった。

創建時期は不詳。由緒も不詳。

 

延喜式神名帳の「飛騨国大野郡 槻本神社」および、三代実録 貞観9年(867)10月5日庚午条にみえる「飛騨国従五位下…槻本神…従五位上」の槻本神を当社にあてる説があります。

 

天保2年(1831)に郡代大井永昌が国学者田中大秀揮毫の社号碑を建立。

明治4年郷社列格。

 

かつて陰が数里に及ぶほどの槻の巨木があり、これが社名の由来にもなったといわれます。

境内由緒書には「境内に槻(杉)の巨木があり、自然崇拝の原始信仰時代神籬(常緑樹を供える祭壇)として神をここに祀った」とありますが、槻は欅の古名であるため、(杉)はおかしな注釈です。ただ槻=欅の場合、欅は落葉樹なので「神籬(常緑樹を供える祭壇)」の表記と矛盾します。

この地方では槻が杉を指すのか、あるいは神籬は杉であり「杉本神社」と呼ばれたのが「槻本神社」に転訛したのか。

現在は御神木として杉の巨木があります。往時は高山から安房峠を越え松本へ向かう旅人の目印にされたといい、この杉を伐採しようとした杣や商人は病に冒され頓死したという伝承があります。樹齢は境内案内板では1200年、『式内社調査報告』では800年。

これとは別に、切株の上で子供数人が遊べた程の杉の巨木もあったといいます。

 

祭神は大山津見神、櫛御気野神、建御名方刀美神、八坂刀売神。

『式内社調査報告』によれば主神が大山祇命で、櫛御気野神、建御名方刀美神、八坂刀売神は相殿神とのこと。大山祇神を祭神と考定したのは『斐太後風土記』。

なお『神名帳考証』は保食神、『飛騨国総社考』は月元大明神とします。

御朱印

御朱印の有無は不明。

アクセス

高山市市街地から国道158号を北東へ。

旧丹生川村地区に入るとすぐに桜小路交差点がある(位置)ので、そこを(あるいはその2つ3つ前の分岐でも良い)右折。そのまま直進で神社前へ。

駐車場はありません。すぐ横に地区の集会所があり、そこの駐車場をお借りしました。

神社概要

社名槻本神社(つきもとじんじゃ)
通称
旧称
住所岐阜県高山市丹生川町山口字月本145
祭神

大山津見神

櫛御気野神

建御名方刀美神

八坂刀売神

現祭神

保食神

『神名帳考証』

月元大明神

『飛騨国総社考』
社格等

式内社 飛騨国大野郡 槻本神社

日本三代実録 貞観九年十月五日庚午 槻本神 従五位上

旧郷社

札所等
御朱印不明
御朱印帳
駐車場なし
公式Webサイト
備考

参考文献

  • 「山口村」, 『日本歴史地名大系』(データベース「JapanKnowledge」)
  • 「槻本神社」, 神社本庁教学研究所研究室編『平成「祭」データ(CD-ROM)』全国神社祭祀祭礼総合調査本庁委員会, 1995
  • 式内社研究会編『式内社調査報告 第十三巻 東山道2』皇學館大学出版部, 1986
  • 富田礼彦『斐太後風土記 上』(大日本地誌大系第七冊)大日本地誌大系刊行会, 1915(国会図書館デジタルコレクション 69-70コマ
  • 明治神社誌料編纂所編『府県郷社明治神社誌料 中巻』明治神社誌料編纂所, 1912(国会図書館デジタルコレクション 258-259コマ