大山祇神社(今治市大三島町宮浦)

大山祇神社。

瀬戸内海に浮かぶ芸予諸島の一つ、大三島に鎮座。

伊予国一宮とされ、式内名神大社 大山積神社に比定される神社。

戦前は国幣大社、現在は神社本庁の別表神社。

境内

参道入口

 

鳥居

 

扁額・「日本總鎮守大山積大明神」

狛犬

 

社号標

 

総門

 

総門扁額

 

総門前狛犬

 

手水舎

 

神門

 

神門手前狛犬

 

案内札

隼人の舞

薩摩の隼人族が大和朝廷の貢物とした芸能が隼人舞だといわれている その祖形は山幸彦が海幸彦に勝利した物語を表現したものとも言われ隼人族と朝廷との親密な関係があったことが「日本書紀」から読み解ける 現在隼人舞は隼人の鹿児島神宮で伝承されており歌舞伎成立以前の古代芸能として大変貴重な文化遺産である

社殿

拝殿

 

本殿

 

手前から上津社、本殿、下津社

 

手前から下津社、本殿、上津社

境内社・御神木等

参道沿い

案内札

御棧敷殿

この建物は御田植祭(旧暦5月5日)抜穂祭(旧暦9月9日)の両度、御神輿の渡御を申し上げ神田斎場祭を奉仕する御殿です。

斎館

 

馬神社

 

案内札

天然記念物

乎知命御手植の楠

御島(大三島)に祖神大山積大神を祭った乎知命の御手植楠(樹齢2600年)と伝えられ古来御神木として崇められている。

 

案内札

天然記念物

能因法師 雨乞の楠

日本最古の楠(樹齢3000年)で後冷泉天皇の御代(900年前)伊予国守藤原範国は能因法師を使者として祈雨の為参拝させた。

其の時「天の川苗代水にせきくだせ天降ります神ならば神」と詠し幣帛に書付け祈請したところ伊予国中に三日三夜雨が降った(金葉和歌集)と伝えられている。

 

宇迦神社。能因法師雨乞の楠の後ろ。

 

案内札

河野通有兜掛の楠

弘安4年蒙古襲来に当り通有は当社に参籠祈願し、三島水軍を率いて筑前に進発し当神社の神使白鷺の導により勝利を得る。其の出陣の際兜を掛けたと伝う。

 

葛城神社 祓殿神社 伊予国総社

このうち、伊予国総社はその名の通り、伊予国の総社と考えられるうちの一社です。(他に伊加奈志神社が総社の論社になっています)

社殿周囲

本殿真後ろ 姫子邑神社

 

社殿北側(左手)境内社。手前から院内荒神社、地神社、稲荷神社、石神社

 

左:八重垣神社、右:酒殿

 

御鉾神社

 

御鉾神社の北側、路地に面した場所の狛犬

宝物館付近

宝篋印塔

 

祖霊社。宝物館向かいの階段の上。神仏分離以前は神供寺という神宮寺でした。

 

祖霊社向かって左手。左:五穀神社、右:八坂神社

奥の院

なお、大山祇神社の裏、民家の間の道を進んでいくと奥の院があります(旧神宮寺の奥の院)。現在神宮寺はありませんので、大山祇神社の奥の院という扱いなのでしょうか。

参道途中には「生樹の御門(いききのごもん)」というクスノキがあります。根元が空洞になっていて参道を跨いでおり、門の様だからこの名が付いたようです。未訪。

宝物館

社殿南側(右手)から宝物館方面への橋

 

宝物館受付。こちら、入館料は1000円とそこそこするのですが、見る価値はあります。

刀剣や甲冑等武具類の文化財が大量に展示されており、特に甲冑は国宝・重要文化財のうち約4割が所蔵されているのです。その手の物が好きな人なら神社よりもこちらが主目的になるかも。国宝・重文含む武具類を展示する紫陽殿・国宝館の他に、昭和天皇の採集船「葉山丸」を展示した海事博物館も合わせて見学可能。こちらは鉱石やら魚介類の標本やら海事関係の物が幅広く展示されています。

由緒

境内由緒板

日本総鎮守

大三島宮 大山祇神社由緒

御祭神 大山積大神

御祭神大山積大神は天照大神の兄神で山の神々の親神に当り(古事記・日本書紀)天孫瓊々杵尊の皇妃となられた木花開耶姫命の父神にあたる日本民族の祖神として、和多志大神(伊豫国風土記)と申し上げる。海上安全の守護神である。

地神・海神兼備の大霊神として日本の国土全体を守護し給う神であるところから古代より日本総鎮守と尊称され朝廷を初め国民の崇敬は各時代を通して篤く中世は四社詣、五社詣の中心となり、平安時代既に市が立ち現在に続いている。

御分社は、全国に10,000余社祀られ、延喜式名神大社に列せられ伊予国一の宮に定められた。

明治以降は国幣大社に列せられ四国で唯一の大社として尊崇されている。

 

境内由緒板

日本総鎮守 大山祇神社由緒

大山祇神社は、瀬戸内海のなかでも特に景勝の地である芸予海峡の中央に位置して、大小の島々に囲まれた国立公園大三島に、日本最古の原始林社叢の楠群に覆われた境内に鎮座している。御祭神は大山積大神一座で天照大神の兄神に当らせられる。

天孫瓊々杵尊御降臨の際、大山積大神、またの名吾田国主事勝国勝長狭命(大山積神の擬神体)は女木花開耶姫尊を瓊々杵尊の后妃とし、国を奉られたわが国建国の大神であらせられるが、同時に和多志大神と称せられ地神・海神兼備の霊神であるので日本民族の総氏神として古来日本総鎮守と御社号を申し上げた。

大三島に御鎮座されたのは、神武天皇御東征のみぎり、祭神の子孫 小千命が先駆者として伊予二名島(四国)に渡り瀬戸内海の治安を司っていたとき芸予海峡の要衝である御島(大三島)に鎮祭したことに始まる。

本社は社号を日本総鎮守・三島大明神・大三島宮と称せられ歴代朝廷の尊崇、国民一般の崇敬篤く奈良時代までに全国津々浦々に御分社が奉斎せられた。延喜式には名神大社に列し、伊予国一の宮に定められ、官制に依り国幣大社に列せられた四国唯一の大社である。現在官制は廃せられたが、地神・海神兼備の大霊神として千古の昔に変わらぬ崇敬を寄せられ、全国に奉斎される大山祇神社・三島神社の総本社として、又数万点に及ぶ宝物類を蔵する国宝の島として四季を通して多数の参拝がある。

境内案内図

 

創祀については諸説あり。

  1. 仁徳天皇の時代に乎知命が『迫戸浦遠土宮(せとうらおちのみや)』に祖神・大山祇命を祀った。(大三島記文)
  2. 推古天皇2年に大三島南東の瀬戸に鎮座、養老3年(719)に現在地に遷宮された。(三島宮社記)
  3. 仁徳天皇の御世に百済から渡来し摂津国の三島に鎮座。後に現在地へ勧請。(伊予国風土記逸文)
  4. 越智玉興が備中沖で飲料水に苦しんだ時、霊験により潮中に清水を得て苦難を免れたので、大三島に社殿を造営した(予章記・予陽河野家譜)

2.について、瀬戸の元鎮座地は横殿社(横殿宮)と言われ、今も鳥居と小さな社が建っています。

場所はこのあたり。

3.について、伊予国風土記逸文として次の記述が伝わっています。

「乎知の郡。御嶋。坐す神の御名は大山積神、一名は和多志大神なり。是の神は、難波高津宮に御宇しめしし天皇の御世に顕れましき。此神、百済国より度り来まして、津国の御嶋に坐しき。云々。御嶋と謂ふは、津国の御嶋の名なり。」

ここから、大山祇神を伊弉諾尊の御子ではなく百済の神とする説もあります。

これに対し、大己貴・少彦名神が外国に渡って帰国したように、上古に百済へ渡り帰国したとする説も。

なお「津国の御嶋」とは摂津国の三島鴨神社を指すとされます。(現大阪府高槻市三島江鎮座)

この風土記逸文の解釈については以下のようなものがあります。

  • 越智氏が朝鮮半島出征の際、大山積神を戴いて帰朝したことを指す。
  • 越智直が百済出征の際捕虜となり、中国へ拉致された後帰国、労苦をねぎらい朝廷が越智郡を作ったことに基づく。

天平神護2年、従四位下を授けられ、神戸五烟を充てられます。(続日本書紀)

承和4年には名神に預かり(続日本後紀)、貞観2年に従三位、同8年に正三位、同12年に従二位、同17年に正二位を授けられ(日本三代実録)、延喜式神名帳では名神大社に列せられます。

六国史以降、『三島宮社記』にはこの後、元慶元年(877)正一位を授けられたとの記録があります。

「五十七代陽成天皇御宇元慶元丁酉年夏六月、天下大旱、詔令於當社。七日而大雨。因之秋九月、正二位大山積大神、進従一位賜。」(大三島社記)

Wikipedia等で寛平9年(897)に正一位という記述がありますが詳細不明。社伝に基づくようですが…大三島記文?

また『三島宮御鎮座本縁』には、日本総鎮守の由来として以下の内容が記されています。

三蹟の一人、藤原佐理が伊予権守の任務を終え、都への帰路で風波に船足を止められた際、三島明神が霊夢にて扁額を書くよう告げます。翌日佐理は斎戒沐浴し「日本総鎮守大山積大明神」と書き上げた額を奉納。風はやみ帰京します。都で経緯を上奏すると、円融天皇はあらためて「日本総鎮守」の名号を賜ったといいます。

船板に書かれたという佐理の扁額は今も保存され、重文に指定されています。

境外・一の鳥居

一の鳥居。神社から800mほど西、今治市役所大三島支所のそばにあります。

かつてはすぐそばにある宮浦港に愛媛・広島との航路があったのですが、しまなみ海道の開通により利用が減った結果航路・港とも廃止されてしまいました。現在港の跡地はいまばり・みやうら海の駅となっています。しまなみ海道開通前は宮浦港からこの鳥居をくぐり、宮浦の参道商店街を通って参拝するのが主だったそうです。しまなみ海道からだとちょうど逆方向からのアクセスになるので、参拝してもこの鳥居の存在に気づかない人も多いかもしれません。

通る人が減ったために商店街も活気を失っているようで…アクセスこそ便利になったものの、寂しい感じがします。

御朱印

御朱印はあります。

社務所で拝受可。

オリジナル御朱印帳もあり。ちょっと大きめサイズです。

アクセス

当社は島にありますが、道路が通じているため車でのアクセスが可能です。しまなみ海道を大三島ICで降りて10分ほど。神社すぐそばの藤公園市営駐車場か、道路挟んで向かいの道の駅しまなみの駅御島に駐車できます。(いずれも無料)

藤公園市営駐車場はここ。

神社概要

社名大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)
別名日本総鎮守
住所愛媛県今治市大三島町宮浦3327
祭神大山積神
社格等

式内社 伊予国越智郡 大山積神社(名神大)

続日本紀 天平神護二年四月甲辰(十九) 大山積神 従四位下

続日本後紀 承和四年八月戊戌(七) 大山積神 名神

日本三代実録 貞観二年閏十月十六日壬戌 大山積神 従三位

日本三代実録 貞観八年閏三月七日壬子 大山積神 正三位

日本三代実録 貞観十二年八月廿八日戊申 大山積神 従二位

日本三代実録 貞観十七年三月廿九日壬子晦 大山積神 正二位

伊予国一宮

旧国幣大社

別表神社

伊予国総社(境内社の伊予国総社)

御朱印あり
御朱印帳あり
駐車場あり

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