加茂若宮神社(飛騨市神岡町殿)

加茂若宮神社。

飛騨市神岡町殿に鎮座。

日本三代実録 元慶5年(881)10月9日甲申条に見える賀茂若宮神に比定される神社。

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境内

社頭

 

社号標

 

一の鳥居

 

扁額

 

参道から一の鳥居を振り返って

 

二の鳥居

 

狛犬

 

手水鉢

 

祓戸

 

御神木?

 

 

社殿前の狛犬

社殿

拝殿

 

扁額

 

本殿覆屋

由緒

銀幣社 郷社 加茂若宮神社由緒

祭神

本殿 加茂御祖大神 別雷大神

脇殿 天児屋根大神 外四神

合祀 諏訪白山神社 外八社

本神社は延喜式外飛驒國十神の一社にて元慶五年神階從五位を授かる 神代よりの神祀聖地である 日向野村字御加茂山に鎮座されて宮垣内 宮之前 森之下等の地名と氏子が現存し 社殿下や境内からは縄文弥生時代の祭祀土器や石器類が発掘され 当地を開拓統治された祖先神々の祭場霊地である

上古 斐太国の国造国司が宝郷の中央に当る聖地と占い 平安京守護神の上加茂大神の御分霊を勧請して祭祀尊崇されたところである

中世 江馬氏が十六代三百余年に亘り荒城郷全域を統治され旭山城 諏訪城 沖野城等築城され 蓑手城御館の北方守護神として本神社を篤く崇敬され社殿再建の上 神宝等幣帛奉献され延命寺 瑞岸寺 愛敬院主を代々別当職として本社守護祭祀を嚴修された

近世 郷社に昇格代々の郡司代官等が祭祀献幣され 社殿の造営修復等篤く崇拜され郷民一心祭儀を嚴修された と古書にある 明治以後は神佛分離の為 神社本庁よりの神饌幣帛供進指定社となり 現在益々神域は整備拡充されて 敬神崇祖の中心社である

創建時期は不詳。

平安京守護神の上加茂大神の御分霊を勧請したのにはじまると伝わります。

 

三代実録 元慶5年(881)10月9日甲申条に見える「飛騨国…正六位上賀茂若宮神従五位下」の賀茂若宮神は当社に比定されます。

 

古代は山の上方と麓に上下二社があり、それぞれ上加茂下加茂と称したという伝承もあります。

 

中世には江馬氏の崇敬を受け、寛喜2年(1230)に社殿再建、字沖野に馬場を設置。

この時から葵祭(例大祭)が継続しているとされます。

 

大正6年郷社列格。

 

祭神は賀茂御祖大神。

『平成祭データ』や岐阜県神社庁のページで主神とされています。

ただ境内由緒書の通り上加茂大神からの勧請であるなら賀茂別雷命が主神であるはず。

由緒書では本殿に祀られる神を加茂御祖大神と別雷大神としており、これであれば辻褄は合います。

御朱印

御朱印の有無は不明。

アクセス

飛騨市神岡町船津の国道41号と471号が分岐する船津北交差点(位置)を471号の方(東側、高原川を渡る)へ。そのまま2km弱いくと道の駅スカイドーム神岡があります。

道の駅裏手の道を200mほど南へ行くと、参道があります。

神社に駐車場はないので、道の駅の駐車場をお借りしました。

神社概要

社名加茂若宮神社(かもわかみやじんじゃ)
通称
旧称
住所岐阜県飛騨市神岡町殿486
祭神賀茂御祖大神
配祀

別雷神

宇迦魂神

天児屋根神

合祀

健南方富神

白山姫大神

菅原大神

大山祇神

住吉大神

社格等

日本三代実録 元慶五年十月九日甲申 賀茂若宮神 従五位下

旧郷社

札所等
御朱印不明
御朱印帳
駐車場なし
公式Webサイト
備考

参考文献

  • 「加茂若宮神社」, 神社本庁教学研究所研究室編『平成「祭」データ(CD-ROM)』全国神社祭祀祭礼総合調査本庁委員会, 1995