比蘇天神社(岡崎市宮地町字北浦)

比蘇天神社。

岡崎市宮地町、岡崎駅の北西に鎮座。

式内社 比蘇神社の論社。

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境内

鳥居

 

扁額

 

社号標

 

手水鉢

 

狛犬

 

比蘇天神社 稲荷神社 社口神社 と彫られた碑

社殿

拝殿

 

本殿

由緒

比蘇天神社

鎮座地 岡崎市宮地町字北浦四二番地

祭神 高御産巣日神…比蘇天神

   豊受姫命…稲荷社

   猿田彦命…社口社

由緒

上古この辺りをヒソと言い比蘇の浜に塩田の神を祀ったのが創始で、平安時代の仁寿二年(八五二)の創建と伝えられる。延喜式の比蘇神社、三河国神明帳の比蘇天神は当社で、天喜三年(一〇五五)の水穂抄に干蘇神と記される古社。

昭和八年に町内の稲荷社・社口社を合併する。

神徳

高御産巣日神は天地創造の造化の神、生成化育、修理固成の産霊の神。

豊受姫命は稲荷大神と同神で衣食住の神、商売繁盛・招福繁栄・家内安全の守護神。

猿田彦命は「上は高天原を光し、下は葦原中国を光す神」除災開運・交通安全の守護神。

古来より当社は和田郷の氏神と仰ぎ、心の拠り所と敬い、産土神と崇められています。

「敬神崇祖」は惟神の大道なり

社伝によれば、仁寿2年(852)の創建。

それ以外の由緒は不詳。

 

延喜式神名帳にみえる「三河国碧海郡 比蘇神社」に当社を充てる説があります。

『三河国内神名帳』の「従五位上 比蘇天神」についても同じ。

 

式内社比定の根拠は不詳ですが、江戸時代には当社に比定されていたようで、国学者の羽田野敬雄が天保10年(1839)に実地調査をして以下のように報告しています。

「天保十年八月犬頭社神主市川氏ヲ訪テ、其社ニ参詣リシニ、社地ハ犬頭ノ社ノ北三丁程ノ田ノ中ニ在テ、村人ハ天神トノミ称テ、五尺四方程ノ小社ニテ、社地モイト狭ケレバ、如何アラムオボツカナシ」

 

昭和初年の愛知県教育史編纂部による『神社に関する調査』に、当神社はヒソ畑と称する地に鎮座するという説明があるとのこと(式内社調査報告の記述による)。

現在も、当社のすぐ南にヒソ畑の字名が残っています。

 

明治5年10月据置公許(廃社にせず据え置くということらしい)になり、昭和5年に上和田字南屋敷の稲荷神社(元は上和田花権地に鎮座したらしい)、宮地字馬場東の社口神社を合祀。

御朱印

御朱印の有無は不明。

アクセス

岡崎駅西口を出て、ロータリー北側の道を北西方向に700mほど道なりに行くと神社前に着きます。

車の場合、神社に駐車場がないので近隣のコインパーキングを利用することになります。

距離的には名鉄協商パーキングJR岡崎駅前(位置)が近いと思いますが、お好みで。

神社概要

社名比蘇天神社(ひそてんじんじゃ)
住所愛知県岡崎市宮地町字北浦42
祭神高御産巣日神
合祀

豊受姫命

猿田彦命

社格等

式内社 三河国碧海郡 比蘇神社

旧無格社

御朱印不明
駐車場なし

参考文献

『式内社調査報告 第九巻 東海道4』 皇学館大学出版部

 

『愛知県神社名鑑』 愛知県神社庁


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