酒瓶神社(静岡市清水区小島町)

酒瓶神社。

清水区小島町に鎮座。

駿河国五宮といわれる神社。

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境内

社頭

 

鳥居

 

社号標

 

境内案内図

 

二の鳥居

 

扁額

 

狛犬

 

手水舎

 

お清めの手洗い『手水鉢』

この手水鉢は、正面に天神様の紋所の梅鉢紋、側面には享保年間(1733)の秋に地域の浄財で造って寄進され、『日日に新た又日に新たなり』と記されています。

手水鉢の由来から、お参りの際にはきれいに身を清め、二拝二拍手一拝にて参拝してください。

 

梅鉢紋

 

側面の文字は写真だと見えないですね…ある程度読み取れたように記憶しています

社殿

拝殿

 

中門(?)

 

本殿

境内社等

社殿左手に津島神社

 

社殿右手に神明社、金山神社

 

社殿右手から登っていく道があり…

 

上に稲荷神社

由緒

酒瓶神社

鎮座地 小島町一二七二

社域 一四二三坪

一、御祭神

(本殿)大酒解神 小酒解神

(相殿)菅原道真公

二、境内社

神明社 金山神社 津島神社 稲荷神社

三、祭日

例祭 十月十八日

春祭 二月二十五日

大祓 七月三十日

秋祭 十一月二十五日

四、由緒

惣国風土記に「雄島酒瓶神社…彦押別天皇十三年六月初奉官幣国五宮也」とある。

社殿は当初高根山頂上付近にあったが永禄年間兵火で炎上、後に字天神に遷座、さらに現在地へ遷った。

小島藩主松平氏は守護神社として崇敬し、社領三石を寄進、社殿造営等につとめた。

明治八年郷社に列し、同四十年神饌幣帛料供進社に指定された。

大正四年火災を受け、翌五年再建した。

創建時期は不詳。

『惣国風土記』は「彦押別天皇十三年六月初奉官幣」とします。彦押別天皇とは景行天皇(大足彦忍代別天皇=おおたらしひこおしろわけのすめらみこと)でしょうか?

 

かつては現社地背後の高根山頂上付近に鎮座していたといいます。

現在も小祠が祀られています(たぶんこの辺り)。

 

駿河国五宮ともいわれますが、『惣国風土記』に基づくもののようで実態は不明。

 

境内由緒碑によれば、永禄年間(1558~70)兵火で炎上し、その後字天神(近隣と思われるが不明)に、さらに後に現在地に遷座。

『明治神社誌料』は「もと高野山(一に天神社)に鎮座あらせられしが、年月不詳(明細帳は永禄年間とす)今の地に遷し奉る」としています。同書によれば諸郡神階帳にみえる正五位下高天天神を当社とする説があるとのこと。

高根山=高野山で、炎上後遷座して天神社と称し(『駿河志料』に天神社とあり、字天神の地名もそこからか)、後現在地に再遷座、でしょうか。

 

『静岡県神社志』によれば宝暦元年(1751)に松平信孝が社殿造営・社領三石寄進(ただし松平信孝は約60年前の元禄3年に死去しているので年号か名前かが間違っているはず)、文政9年(1826)に松平信友が本殿拝殿改築。

なお当社のすぐ南にある小島陣屋跡(1704年に築かれた小島藩の陣屋の跡地)は国指定史跡となっています(参拝時知らなかったため見ていませんが、石垣の状態がかなり良好だそうです)。

 

明治8年郷社列格。

 

祭神は大酒解神(大山祇命)、小酒解子神(木花開耶姫命)。

『惣国風土記』によるもの。

相殿に菅原道真公を祀っています。

御朱印

御朱印の有無は不明。

アクセス

国道1号で興津駅の辺りまで行き、駅の東の興津中町交差点から国道52号を北上(静清バイパスで来る場合は手前で降りないと国道52号に入れないので注意)。

4kmほど先の小島南交差点(位置)で左折。

250mほど行くと分岐があり、左手に鳥居があります。

 

駐車場はありません。

しかし、静岡市が小島陣屋跡の整備を計画しており、その中に駐車場の設置も含まれています。神社と陣屋の中間辺り(鳥居からちょっと西)に作るそう。

整備基本計画を見ると2022年に供用開始のスケジュールを組んでいるようですが…

 

国指定史跡 小島陣屋跡:静岡市(ページ下部「小島陣屋跡整備基本計画」項)

神社概要

社名酒瓶神社(さかべじんじゃ)
通称
旧称天神社
住所静岡県静岡市清水区小島町1273
祭神

大酒解神

小酒解神

相殿菅原道真
社格等

駿河国五宮

旧郷社

札所等
御朱印不明
御朱印帳
駐車場なし
公式Webサイト
備考往古は高根山頂上付近に鎮座、後に字天神→現在地へと遷座

参考文献

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