熱日高彦神社(角田市島田字鳥内)

熱日高彦神社。

角田市島田字鳥内に鎮座。

式内社 熱日高彦神社に比定される神社。

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境内

鳥居

 

扁額

 

社号標

 

石段

 

二の鳥居

 

参道

 

手水舎

 

狛犬

社殿

拝殿

 

扁額

 

本殿

境内社等

白山姫神社

 

白山姫神社

主祭神 菊理姫命 伊弉諾命 伊弉冉命 水波女神

天和二年四月島田瀬上の館に当神社が奉斎された

明治四十二年熱日高彦神社に合祀され当地に遷御

拝殿は現在神輿殿となっている

平成十四年八月佐善工務店(社長佐藤善通)が修復奉納し今日に至る

 

山神社

 

境内社 山神社

御祭神 木花佐久夜毘売命

木花佐久夜毘売命は山の神である大山祇神のむすめで、一説に山に咲く「桜」の語源とされ、美しい女神様といわれます。当社は小牛田の山神社の御分霊と伝わりますが、詳細は不明です。縁結び、子宝、安産の御利益があり、篤く信仰されています。「おまくら奉納」の習俗があります。

道祖神

猿田彦神と同一神で、陰陽のかたちをあらわしています。除災招福、疫病退散、開運、縁結び、子宝、安産の神さまとして信仰されます。触れてご利益をいただくことが出来ます。

社殿(鞘殿)

平成十七年に仙台の大崎八幡宮より戴き、平成二十六年七月に山神社の社殿として当所に設置し、山神社をお納めして正遷座祭を斎行致しました。

 

神輿殿(白山姫神社の旧拝殿)

 

石碑と石祠

 

夫婦杉

 

御神木

 

御神木 子宝杉

 

車祓所

 

車祓所の後ろに上る道があり

 

上に子眉嶺稲荷神社

 

何やら由緒ありげな岩

碧風的備忘録さんによると二十三夜講中碑だそうです。

 

金蛇神社の碑

 

石祠群

 

忠魂碑

 

古峰神社と金華山の碑

由緒

熱日高彦神社縁起

主祭神

天津日高彦火廼邇邇杵命 日本武尊

祭典

歳旦祭 一月一日 歳火祭 一月十四日宵

祈年祭 二月十七日 春季例祭 四月六日

夏季例祭 八月五日宵 新嘗祭 十一月二十三日

由緒

第十二代景行天皇の皇子日本武尊が東国平定の折ここに皇祖邇邇杵命を祀り、当地の平安を祈られた 皇子が帰途に薨去された為、帝は皇子を合せ祀られたと伝う 平安時代延喜式(九二七年)神名帳に伊具郡二社中に当社の掲載あり 江戸時代には伊具郡惣社と見える 明治三年郡内唯一の郷社、同四十年幣帛供進指定神社となる 終戦により昭和二十三年宗教法人となる

後に素戔嗚命等四神を合祀し、更に明治四十二年舘島田白山社及び館稲荷神社、櫻井熊野神社、清水田水神社を合祀し、菊理媛命、稲倉魂命等八神が祭神に加わった

境内周辺

伊具郡衙は西方阿武隈川沿にあり 境内地への谷”鳥内”を郡衙方向から上る旧参道がある 境内の杉は樹齢四百年余 南に延びる現参道三百メートル余はかつて古木並木で今は石段沿だけに残る 周辺に”皇子塚””大和橋””鳥内””日高下”など縁りの地名や呼称がある

神事

神輿の連幸 香取神社神輿と連幸

歳火(お炊き上げ)行事

神楽十二番”日高神楽”神事芸能

疫病退散行事 湯花神事 夏越祓

信仰

取子産育 火伏 治世 交通安全等

禁忌 タマノキを焚かない 兵児帯をしない等

由緒によれば、日本武尊が勅命を受けて東征の際当地に到り、当地大森山の山懐に祭場を設け邇邇杵命を祀ったのが始まり。日本武尊が帰途薨去されたため、景行天皇は勅して日本武尊を併せ祀らせたとされます。

ただ、上記以前から当地は産土神の聖地であったようで、元々の創祀年代は不明。

 

『式内社調査報告』によれば、往古の鎮座地は桜井川をはさんだ向かい側の丘陵上の「御子塚(御蔵林)」で、後に現社殿手前に移祀、元禄の頃までに現在地に遷座とあります。

 

しかし碧風的備忘録さんによると、往古の当社は現在の鎮座地の東側の一段高い場所に鎮座しており、また当時の社殿は西向きで、本来の表参道は稱念寺(位置)の裏手から神社西側に続く道だったといいます。

皇子塚(『式内社調査報告』のいう御子塚に同じ?)は日本武尊が小休止を取った場所という伝承があるとも(神社公式サイトにも「皇子塚」の記述があり、一の鳥居の50m南だそうです)。

 

 

延喜式神名帳にみえる「陸奥国伊具郡 熱日高彦神社」は当社に比定されています。

醍醐天皇から、如意峰(如意ヶ嶽?)で鋳させた神鏡を賜ったという伝えがあるそうです。

 

江戸時代には伊具郡総社とされ、藩主の崇敬も篤く、祭典には足軽4人を警護に付けられたといいます。

 

明治5年、伊具郡で唯一の郷社に列格。

明治42年、白山姫神社、熊野神社、水神社、荒神社、館稲荷神社を合祀。

 

祭神は天津日高彦火廼邇邇杵命と日本武尊。

上述の通り、当地は日本武尊東征以前から聖地であったとみられ、神社公式サイトでも「主祭二神を頂きながらも、この神社には、併せてこの土地の産土神がお祀りされています」としており、祭神として明示はされていないものの古来からの土地神も祀られているようです。

 

『平成祭データ』によれば塩土老翁命、大己貴命、少名彦名命を配祀。ただ宮城県神社庁のページには「後に素戔鳴命、鹽土老翁命、大己貴神、少彦名命の四神を併せて祀っている」とあり、境内由緒書にも「後に素戔嗚命等四神を合祀し」とあります。合祀神として神速須佐能男命が挙げられているので、あるいは記載する欄のミスなのかもしれません。

菊理比売命、熊野櫛御食野命、伊弉諾命、水波廼女命、火産霊命、興津彦神、興津姫命、倉稲魂命を合祀。おそらく明治に合祀された神社の祭神(菊理比売命は白山姫神社、熊野櫛御食野命・伊弉諾命は熊野神社、水波廼女命は水神社、火産霊命・興津彦神・興津姫命は荒神社、倉稲魂命は館稲荷神社。手元資料に合祀社祭神の記載がないのですが、碧風的備忘録さんの記述を参照しました)。

ただし菊理姫命、伊弉諾命、水波女神は境内社の白山姫神社の祭神となっているので、現在は本殿合祀ではないのかも(平成14年に白山姫神社社殿が修復されたというから、その時から?)。

 

かつて春の例祭では、当社の北にある香取神社(大谷香取神社、位置)と南にある鹿島神社(小斎鹿島神社、位置)の神輿が集まり、当社の神輿渡御に随従していました。両社祭神が、邇邇杵命の天降りに従った神だというのがその所以だそう。ただ現在は香取神社のみのようです。

御朱印

御朱印はあります。

参拝した2016年にはなかったのですが、近年にオリジナル御朱印帳もできたようです。

境内の社務所でいただけます。ご不在の場合にも連絡先が掲示されています。

アクセス

角田駅の東、角田警察署前交差点(位置)から、県道44号を南東へ。

5kmちょっと道なりに走り、桜井川沿いに出たところ(位置)で橋は渡らず左手に(手前の青看に左折が県道44号の表示あり)。

1.5km弱先、道路右手に神社の看板が建っています。左手に鳥居。

鳥居を潜って進むと石段下に出ます。石段右手の坂道(車参道の表示あり)から境内まで上ることができ(ちょっと道は狭い)、駐車もできます。

神社概要

社名熱日高彦神社(あつひたかひこじんじゃ)
通称お日高さん
旧称日高明神
住所宮城県角田市島田字鳥内1
祭神

天津日高彦火廼邇々杵命

日本武尊

土地の産土神

配祀

塩土老翁命

大己貴命

少名彦名命

合祀

神速須佐能男命

菊理比売命

熊野櫛御食野命

伊弉諾命

水波廼女命

火産霊命

興津彦神

興津姫命

倉稲魂命

社格等

式内社 陸奥国伊具郡 熱日高彦神社

旧郷社

札所等
御朱印あり
御朱印帳あり
駐車場あり
公式Webサイトhttps://hitaka.org/
備考往古は桜井川を挟んだ向かいの丘陵上の皇子塚、あるいは境内東の一段高い場所に鎮座

参考文献

  • 「島田村」, 『日本歴史地名大系』(データベース「JapanKnowledge」)
  • 「熱日高彦神社」, 神社本庁教学研究所研究室編『平成「祭」データ(CD-ROM)』全国神社祭祀祭礼総合調査本庁委員会, 1995
  • 式内社研究会編『式内社調査報告 第十四巻 東山道3』皇學館大学出版部, 1986
  • 明治神社誌料編纂所編『明治神社誌料』明治神社誌料編纂所, 1912(国会図書館デジタルコレクション 367-368コマ
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